平成24年度冬期フォーラム報告

 

 
 ◇フォーラムテーマ:高校教育の未来
 

    〜高校教育改革−90年代からの軌跡と2030年の展望〜

   

                           

   開講式(辻 敏裕 高経研会長)

 

改めまして明けましておめでとうございます。昨年末の天気予報によりますと、道内は大荒れになるということでしたが、予報に反しまして、大変穏やかな年明けになりました。ただその後、3日、4日と全道的に大変な状況が続いておりまして、せっかくの穏やかな年明けにもかかわらず、何となく我が国の行く末を暗示しているようなそんな不安を感じないわけではございませんが、皆様には、お健やかな新年をお迎えだと思いますので、お喜びを申し上げたいと思います。

また、本日は全道各地からこのようにたくさんの方々にご参加をいただき、高経研冬期フォーラムを開催できますことに心よりお礼を申し上げます。この会場は、何回か使っていますけれども、補助椅子席まで用意するほど多数の方々のご参加というのは、本会始まって以来かなぁと思います。そういう意味でもお礼を申し上げたいと思います。

 ご案内のとおり、高経研では昨年12月に、お手元にわたっていると思いますが、「現場発!高校教育の未来〜90年代からの軌跡と2030年の展望」という本を上梓しました。本研究会の堂徳事務局長の尽力によるところが大きいのですが、スケジュール的に大変窮屈な中、執筆、編集に取り組んでいただきました会員各位、それから、さまざまなご支援を賜りました学事出版の、本日ここにいらしていますけれども、二井さんと花岡副社長にはこの場をお借りしてお礼申し上げます。本当にありがとうございました。

本書の内容は、「ポスト3.11の教育」―これを念頭におきまして、2030年の社会を見据えた教育の在り方を探ってきた本会の研究成果をとりまとめたものです。具体的には、現在進められています教育改革につきまして、北海道における実例をもとに総括しております。そして、2030年における高校像を、改めて提言をさせていただいたところであります。

これまで、東京の論理といいますか、中央の論理で進められてきたさまざまな教育改革や教育施策は、北海道の教育の在り方と合致したものなのかというようなことについて、私は、常々疑問に感じていたところであります。日本は広いです。北海道も広いということになれば、地域の実情に合った教育の在り方というものが、それぞれあるのではないかと考えます。ただ、教育の本質を捉えた提言であれば、これは、全国にも共通するものですから、それを北海道から全国に発信できないかと、大それた考えも抱いておりました。実は、個人的には、このたびの出版本につきましては、我が国の教育改革の推進に対する北海道からの提言という思いもあります。幸いといいますか、ここだけの話になりますけれども、どういう訳ですか高橋知事から橋教育長へ、北海道でこういう本が出されているという情報が入って、道教委の知るところとなりました。思いがけないルートでありますけれども、そちらの方でも話題となっておりまして、私どもの真摯な思いといいますか、取組が広がってきているといった手応えを感じているところでございます。これも今までご支援をいただきました皆様方のお陰であり、改めてお礼を申し上げます。

私どもは「三歩先を見据えて一歩踏み出す」そういう身近な教育改革の実践者である、あるいは、ドナルド・ショーンのいう「反省的実践家」を目指しています。これは、本研究会の目指す姿でございまして、実は、前田前会長から受け継いでおります本会の精神でございます。

本会では、21世紀の知識基盤社会における情報と知識の関連や、グローバルとローカルを融合したグローカル、こういうことをキーワードといたしまして、新しい市民性教育の在り方について研究を続けてきております。こうした取組は、現在、中教審の初等中等教育分科会の高校教育部会において議論されております、高校教育の質保証とも密接に関連していると捉えているところでございます。

本日はお手元に本会の出版本を資料として配布させていただいておりますけれども、これに基づきまして具体的な提言、あるいは2030年の教育の在り方について、皆様とともに研究協議を行っていきたいと考えております。こうした取組の成果として、また、これからの高校教育の目指すべき方向について、北海道から情報発信できればいいかなと思っております。本日のフォーラムはそうした活動の第一歩とも考えておりますので、どうぞ積極的にご意見等をお寄せいただき、一緒に盛り上げていただければと思っております。限られた時間ではございますけれども、本日一日どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

 基調講演(辻 敏裕 北海道高等学校教育経営研究会会長)

   
     ◇演題:「ポスト3・11の教育を展望する」
 
 

 改めまして、よろしくお願いします。

基調講演となっておりますけれども、挨拶で申し上げましたとおり、今回出版した本の内容に沿った形でのお話しをさせていただきたいなと思っております。

この本は3章立てになっておりまして、第1章で教育改革の流れを概括しています。第2章では本道における教育改革の状況、成果と課題をまとめ、それぞれの全国情況を踏まえた報告をしています。そして、第3章は、その成果と課題を踏まえた上での2030年の高校像という提言になっております。第3章につきましては、午後に、堂徳将人先生の講演がございますので、私からは、第1章、第2章に関してのお話しを総合的、包括的にさせていただきたいと思っております。

内容はどうなのかと問われましたら、「是非本を読んでください。お読みいただければそれで終わりです」となるのですが、本日初めて手にされた方もいらっしゃると思いますので、大まかな流れについて、私からお話しをさせていただければと思っております。

 

教育の動向について

本題に入る前に、前振りで余計な事をお話しさせていただきます。昨年末に政権が交代しております。民主党政権から自民党政権になり、教育を取巻く状況がどう変わるか、今、予断を許さない状況です。特に、安倍内閣は教育再生を最重要課題の一つに挙げております。第一次安倍内閣の時には、教育再生会議がありまして、いろんな取り組みがされましたが、今回につきましても、教育再生実行本部を設置するということで、前回の教育再生会議の事実上の復活になるのかなと思っております。

特にゆとり教育の見直しをうたいまして、教員免許更新制度の導入ですとか、いわゆる教育改革関連三法の改正を成立させたというのが前回でした。その流れをもう一度取り戻そうとしているのかもしれないです。今回、特に言われているのが、6・3・3・4制の学制の見直し、それから教育委員会制度の見直し、教科書検定基準におけるいわゆる近隣諸国条項の見直し、そして、いじめ対策の強化、大学入試の仕組みの見直し、簡単に言えば、東大で出しました秋入学の促進といったところを議論していきたい、法改正を含めた提言を行うというようなことになっています。

教育再生会議は首相直属ということでありまして、臨教審と同様、権限が強くなっていますので、いわゆる文科省の対応としては、中教審答申よりレベルが一段上になり、かつ政治的に進められることになりますから、これからも注目をしていかなければならないと思います。

学制の見直しは、以前から言われていましたが、教育委員会制度やいじめの問題等については、教育委員会不要論が出ていますし、あるいは、首長が直属にするという話も出てきています。教育の自立性と言いますか、そういったところもどうなっていくかということで、予断を許さない状況にあるかなと思います。従って、我々がもっと勉強して、もっと声を上げていかなければ、大変なことになっていくのではないかと思っております。そんなことを前振りで言わせていただきました。

 

教育改革の流れ

 さて、臨教審は1984年に設置されておりますけれども、このときに初めて、第三の教育改革という言葉が出てきております。そこから少しブランクがあって、第14期の中教審答申から教育改革が具体的に動き出すのですが、1990年代後半から教育制度改革が具体的に進められてきています。それが今日まで続いているということであります。

合わせて、この教育改革に関しては、本道でも道教委が「公立高等学校適正配置計画の基本指針と見通し」を平成12年に策定しております。さらに平成18年には、「新たな高校教育に関する指針」を策定して、新しいタイプの学校が次々と設置されてきておりますが、その現状や成果と課題について、一応の整理をして、今後の進んでいく方向を確認する、そういう時期に来ているのではないかなと思っております。そういった意味で、今回の取組をスタートさせたということです。

ここで個人的な話をしてもいいでしょうか。

この「公立高等学校適正配置計画の基本指針と見通し」の時は、平成12年ですから、太田先生が教育政策室にいて、この指針作りに関わっていたはずです。ちょうど、第3次の教育長計が出された時で、配置計画をどうするかということで、委員会を組織して相当な会議を重ねた中でできたものです。

さらにですね、「新たな高校教育に関する指針」については、本日の発表をお願いしております、黒田校長先生が関わっていたかなと思います。今、ここに参加されている先生方が関わる中でできた見通し、指針がそれぞれ推進され、それがどうなっているかということでありますから、当事者として関わってきた先生方が様々な思いを持っていると思います。

前回のフォーラムの時には、大山先生から発表してもらいましたけれども、彼は、登別明日中等教育学校の設立に関わったので、その思いを熱く語っていただきましたけれども、そういう思いと、実際に進んできた現実とはどう違うのか、あるいは、どう軌道修正すべきなのか、というところをどこかで一度総括しなければいけないなと思っております。

本来は、道教委でやっていただくのが一番いいと思いますが、なかなか厳しい評価が出せないところがあるのかもしれません。今、教育改革の推進ということで、新しいタイプの高校別にそれぞれ成果と課題ということで、プリントを作成・配布したりして、いろいろPRに努めていますけれども、若干甘いところがあると思いますし、遅きに失したと思います。また、中学校あるいは中学生になかなか周知できていないという現状があります。そこについては、いつも高校からの宣伝が足りないとか、PRが足りないと言われてきています。高校側も一生懸命やってはいるんですけれども、本来的には、それを受け入れる中学校側がもう少し、真剣に取り組んでいかなければ、周知の徹底は難しいかなと思っております。高校が一人相撲を取るのではなくて、中高がどういう形で連携するとそういったものの周知が徹底できるのかも課題の一つかと思っております。

 

第三の教育改革

そんなことを言いますと話が飛びますので、少し戻って考えたいと思います。これから、教育改革の具体的な流れをお話ししたいと思います。先ほど第三の教育改革と言いましたが、第一の教育改革は明治維新の新しい学制。それから戦後の教育改革、これが第二の教育改革と言われています。いずれも国の体制が大きく変わるような状況の中ですから、教育改革という言葉も受け取りやすいし、イメージもしやすいと思います。

今言われている第三の教育改革というのは、非常にわかりにくい。何を持って第三の教育改革というのかということになってくる。個人的に思いますけれども、この背景には、高校進学率の上昇に伴う高校生の多様化があるのではないか。高校は、今は全入状態となっており、また、教育荒廃等々とも言われました新しい課題が出てきます。一時期大変な問題になりましたが、暴力ですとかいじめですとか、当時は登校拒否と言われた不登校といった、新しい課題が次々と出てきて、これにどう対応していくかが問題になった。これらの問題に、それまでの教育制度では対応しきれなくなってきたのが、要因の一つとして捉えられると思います。

当然、社会の変化ですとか、時代の趨勢によって、求められるものもいろいろ変化しております。そういったものを総合的に捉えて、中教審や臨教審において様々に議論され、いろいろな方策が打ち出されてきた。当然、学習指導要領の改定も合わせて実施されてきたところであります。

 

四六答申

このような流れの中でポイントとなる答申等というのは、いわゆる、よく言われています四六答申、それから、臨教審の答申、そして、具体的に言うと、第14期の答申から第15期の答申になってくると思います。それから、この流れの中に、いわゆる新保守主義ですとか新自由主義といった考え方が、背景に色濃く流れています。そういったことも踏まえて、この本の中では、要点を押さえて記述しているところでございます。

別紙資料で入れております年表を見てみます。本では、答申等々を取り上げてその要点を書いていますが、全体的な流れがなかなか見えにくいかなと思いますので、私の方で、「年表教育改革の流れ」という裏表の資料を1枚参考資料として作りました。これを見ていただきますと、全体の流れが見えてくるのかなと思います。

一番はじめに入れたのは、昭和35年の高等学校学習指導要領が改定、告示された年です。次の年から学年進行で実施されていますが、なぜこれを入れたかと言いますと、実は私が高校生の時がこの学習指導要領に則った中で、授業を受けてきたものですから、思い出のようなものになりますが、入れております。系統性の重視で、ほとんど全ての科目が必履修です。

昭和41年の中教審答申で後期中等教育の拡充整備について、つまり、高等学校の拡充整備について、中教審答申が出されております。ここで言われていたのは、いわゆる高校生を将来どのような人間に育てなければいけないかということで、期待される人間像、教育内容の多様化、それから、入学者選抜制度の改善等について挙げられておりました。このころから、少しずつ高校への進学率が上がってきているという状況になっております。

そういうことを背景にいたしまして、次の1971年、昭和46年に出された答申。これがいわゆる四六答申ということで、我々も教員になってから、いろんなところで聞かされました。先輩の先生方、あるいは、管理職の方々が、よく、四六答申と言われました。そのころは全然分からない。何が四六答申、昭和46年に出された答申だというだけで、だから何なのか程度だったと思いますが、その中身が、大変画期的な内容になっていました。

今後における学校教育の総合的な拡充整備の基本的施策についてで、今から見れば、えっという反応もあるかもしれません。教頭の法制化、主任の制度化、教員の処遇改善、養護学校の義務化、生涯学習、そういったものが挙げられておりました。

 

答申の意義

答申のおさらいをして何になるのかと言うと、現状を知るためには、ここまでどんな流れで来ているのかということをまず知っておくことが大事なんです。どのように流れてきて、どういう方向に進もうとしているのか。過去を押さえておくことが、次を考える大事な要因、すなわち歴史に学ぶということになると思うのです。すなわち同じ轍は踏むな。昔を知って中をなぞるのではなくて、きちっとそこの流れを押さえて、現状がどういう形できているか。その視点から見ると、今の状況をどう判断していいのか、その流れが本来的な流れなのか、も改めて自分たちとして考えることができると思います。そういったことから、先を考えていくことが必要だと思いますし、今、実際に学校で教育活動に携わっている我々が、実はこういった答申でいろいろと規定されてきたということですね。知らないうちに制限される中で動いてきている。知らないところはもう押し流されているんです。自分たちが知っていればそこに参加できるということもあります。

それから裏事情を言えば、中教審の委員たちは、教育の専門家ばかりではないということです。さらに言えば、臨教審になるともっとひどくなりますね。教育の門外漢がいろんなことを教育に対して提言したことが、そのまま政策としてなされているということです。学校現場に居て、しょうがないなとただ受け入れる。結果的には、制度化されればそうなってしまうんですけれども、そうなる前に、いろんな対応をしなければいけないこともあります。そういった意味で、中教審の答申なんかをきっちりと読んでおくことは大切かなと思います。

今はこういう立場なので、偉そうに言っておりますけれども、実は、私も昔は四六答申の重要性なんて全然分からないままだったんです。今にして思えば重要な答申なので、ここで改めて、本書の構成をしたわけです。今では当たり前になっている教頭、あるいは主任制はここで出てきています。教員の処遇改善について言えば、教員給与の水準はいいですよね。その前の時代、先輩方から色々話を聞いていると、教員の初任給の安さですとか、様々なことがありました。でも、人材確保のためにどうしたらいいかということで、例の田中角栄総理大臣の時に、人確法ができて教員の給与が一気に上がった。もうすでに退職した人たちの世代ですが、給与が非常に上がりまして、年末調整、今はないですけれどもね、3月に年末調整というものがあったのですが、これがボーナス以上の金額で出て一括で払えないと2回に分割して支給されたというくらい給与が上がり、それでいい人材を確保しようと時代があるんですけれども、それは教育に対する期待と重要性が増してきたという時期にあったということになると思います。

 

臨教審以降の流れ

この昭和46年に出された答申が、いわゆる四六答申と固有名詞で呼ばれており、重要性があるということでございます。我々にしてみれば、昭和46年とはいつの話だっていうくらい昔の話になりますので、そんなことがあったんだよと押さえていただきたいと思います。

その後に出てきた、臨教審の答申が非常に重要で影響が大きかったんです、臨時教育審議会という組織が、昭和60年6月〜昭和62年の8月までありまして、ここで、第1次答申から第4次答申まで計4回にわたって答申が出されています。この中で言われましたのが、個性重視、変化への対応、教育荒廃などの言葉が出てきます。それから、教育委員会の活性化、いじめ問題への対応、生涯学習体系への移行、初任者研修など、次々と答申されています。

先ほども言いましたけれども、教育荒廃では、受験競争の過熱化も随分言われました。それから新たに、いじめ、登校拒否(不登校)等が出てきます。校内暴力、少年非行の増加といった、教育が対応しきれない課題がどんどん出てきた。そのためか、社会の変化に合わせて、生涯学習体系への移行という言葉が出てきております。こういったところから社会の変化も捉えることができますし、この臨教審が首相直属の審議会ということで、ここで出されたものが、次々と制度化されていったわけであります。ここから教育行政の方向が大きく変わってきたかなと思います。

そして、その次の中教審答申が、平成3年に出されております「新しい時代に対応する教育の諸制度の改革について」と言われるもので、いわゆる第14期の答申になります。臨教審を受けてこちらに流れてくる間には少しタイムラグがありますが、ここから、臨教審の精神を受けついだ答申が出てきて、具体的な教育改革の流れが進んでいくことになります。

 

高経研の講座

歴史を振り返りますと、この高経研ができたのが確か平成元年だったと思います。その時の例会等で最初に勉強させられたのが、臨教審答申をどう読むかということと、第14期の答申をどう読むかということであり、読み込んで感想を言えというのがありました。平成元年、ここに書いてありますが、高等学校の学習指導要領の改定が出されています。学習指導要領をどう読むか、読んでどう受け止めてどうやって現場で展開するのがいいのか、を勉強したのが高経研のスタート。改善講座という形で行われましたけれども、それぞれ読んだ中身についてレポートで発表させられました。私も、学習指導要領をきちんと読んだのはこの時が初めてでした、恥ずかしい話ですが。

何を読むのかと言えば、学習指導要領の総則なんです。今までは、学習指導要領は自分の教科・科目をどういうねらいで、どうやればいいのか、それを読み解いて教育課程を組んでいたのですけれども、そうではない。そのためには、総則をどう読み込んでいくか。総則の中には、学校でできるいろんな可能性が含まれている。そこを読んで、どのように展開していくのが望ましいのか、学校経営にどう関わるべきか、が高経研の活動の第一歩といいますか、勉強会の中身でした。

私は一教員でしたので、学校の管理運営については、思いもよらないことだったんですが、実はここが非常に大切となってきます。特に、管理職になって総則をどう読んで自分の学校でどう展開するのか。総則にはいろんな可能性があるんです。できないことが何にもないくらいいろんな可能性があります。ここを読んでいなければ、特に、管理職としては失格と言われても仕方がない。今、新しい学習指導要領がスタートしますけれども、総則をどう読んで、教育改革の具体を本校でどのように活用してどのように展開するか、そしてできることからやっていく。これは、校長・教頭であれば当然ですし、このことを踏まえて、教務部長あるいは教育課程の編成委員会に、どうやって投げ掛けていくのか。

当然、自校の教育課題をどう捉えているのかが前提になりますが、総合的にこのようにやっていくのが重要だと、教員、特に教務に関わっている先生にいかに教えるか、自分ならどうするのかを考えさせながらやってもらえたらと思います。

 

14期・15期答申

ちょっと話がそれましたが、第14期の答申、その時の学習指導要領の改定が、その後の大きな流れになっております。この14期の答申で出されたキーワードが、高校教育の改革、それから、特色ある学校づくりの推進、意味合いはちょっと違いますけれども、総合学科の話が出てくる新しいタイプの高校、教育委員会の活性化等が言われていまして、今の流れといいますか、その後のスタートになる様々なことがここで出されています。このことは、本書の第一章で第14期答申の合理的な捉え方も入れておりますので、後でご覧いただきたいと思います。

その次の答申が平成8年に出されました「21世紀を展望したわが国の教育のあり方について」ということで、いわゆる、生きる力、ゆとり教育、学校完全週5日制、特色ある学校づくりという言葉が出されています。ここになると先生方も直接関わってくることが多くなっているかもしれませんが、いわゆる教員の労働時間との関係で、学校週5日制を月2回でやっていましたけれども、完全実施にもっていくことになります。

これに関連して、教育の中で学習時間の縮減をどう捉えるのか。ゆとり教育。土日については、子供たちを地域に返して地域で育てる。そのためには、ゆとりある中で生きる力を育む。今もキーワードになるような言葉が出てきます。これが平成8年の中教審の答申です。

そして、次の平成9年にこれがいわゆる第15期の答申になりますけれども「21を展望したわが国の教育のあり方」という、これは第2次答申ですが、さらに具体的な話になってきます。中高一貫教育の導入、学校評議員制度の導入、教育上の例外措置、そんなことが言われてきます。これについても、14期と15期で、それぞれのポイントを書いておりますので、そこをご覧いただきたいと思います。

次に、平成10年の中教審答申は「今後の教育行政の在り方について」です。ここでは、学校の自主性、自立性の確立、学校の裁量権ですとか、民間人校長ですとか、それから職員会議、学校評議員会という言葉が出てきます。

ここから次は、また文科省から離れて首相直属になるんですけれども、教育改革国民会議になります。この中で教育を変える17の提案が出されまして、学校評価の導入、組織マネージメント、学校評価、コミュニティスクール、信頼される学校といった17の提案については、本書の中に具体的に挙げられております。22ページに、教育を変える17の提案ということで挙げております。

 

政治と教育

首相直属になってくると、臨教審からそうですけれども、新自由主義の考え方が入ってきます。規制を緩和して、それぞれ独自のいろいろなことをやって、成果を期待する。いわゆる官から民へというようなことですとか、成果主義ですとか、いろんなものが入ってきます。本来は経済学の考え方だったのが教育制度にも入ってきて、政治を動かしてきた人たちが臨教審等で考え方をどんどん入れてきたという流れになってきております。そんなところも背景として捉えていかなければと思いますけれども、なかなか新保守主義とか新自由主義は捉えにくいところもある。

本会のシンポジウムの中で、昨年ですが、広田先生にもお話していただいております。本書では18ページから、新保守主義、新自由主義改革への道筋で取り上げておりますけれども、こういったものが現在の教育制度にどのように関わってきているのかを、見ていただきたいと思います。ここは、その後の反動もあり、右に振れたり左に振れたりとすごい大きな揺れ方をしているのですが、学校にとって何がいいかは、じっくり考えなくてはいけないですし、社会からどのように学校教育を求められているのか、要求されているのかも非常に大切な視点かなと思います。

最近は、成果主義やアウトカムが問題になっています。どんな施策を展開したか、その結果どんな成果を得たか。今は単年度での成果を求められています。その施策を実施すると、1年で数字上どう変化するのか、そこを示せと。あまりにも数値にこだわると、そのための活動というふうになってきます。そうすると、教育の本質を見失うところがありますので、そこらへんバランスが非常に難しい。ただ、政府もそうですし、道教委もそうです。そういう傾向に今あります。その中で、我々学校現場にいるものが、どういうふうに判断して、どういうふうに対応しなければいけないのかというところが、大事になってくると思っております。このへんのところが、教育改革国民会議という政治的なところにも入ってくるバックボーンにあります。

その後もいろいろ答申が出されております。平成16年に「今後の学校の管理運営のあり方について」ということで、ここで、コミュニティスクールというのが出てきます。コミュニティスクールというのが一つのスタイルとして、これから求められるものであるかなと思うんですが、それじゃ日本で、コミュニティスクールというのがあったらいいのか、非常に難しいところがある。今、何校かが指定を受けてやっておりますけれども、道内でいくと、高校では、別海高校がコミュニティスクールというようになっております。全国的に見ると小中学校ですと、コミュニティスクールがこれからの学校の在り方だということで、手を挙げだしているとところもあります。これも研究対象になるかなと思いますけれども、どんなものかというものはみてもらうとわかると思います。

平成17年の中教審答申で「新しい義務教育を創造する」とでています。高校教育と関係ないようですが、学校組織の見直しということで、自主性、自立性、保護者、地域住民と教育の参画の推進というようなことが言われてきております。こうした一連の流れは、平成19年から20年にかけて教育再生会議の報告があり、その中で、制度化されてきています。副校長ですとか、義務での主幹の新設。第三者評価のガイドライン。また、学校においては、その組織改革と説明責任ですとか、そういったものがどんどん、どんどん求められてきた。そういう流れになっております。

平成19年に「教育基本法改正を受けて緊急に必要とされる教育制度の改正について」という中教審答申がでてきました。これを挙げたのは実は、学校の目的、目標というのを改めて規定しているからです。それから、副校長、主幹というものを設置、そして、免許更新制度について、具体的に動き出したという時期でございます。

最後になりますけれども、「教育振興基本計画について」ということで、教育基本法実現に向けて「公教育の質を高めて」と、質という言葉が出てきました。これは、そもそも義務教育で出されていて、あわせて高校における質の保証、信頼の獲得、社会全体で子どもを育てる考えが出されました。それがいわゆる教育の保証につながりますが、これもまた、流れが変わろうとしております。それぞれの時代の考え方、大枠があるのと、全体の流れの中で、いろんな動き方をしております。われわれがこういった流れをきちんとおさえて、しっかり見据えていかないと、流れに押し流されてしまいます。そういう状況になってしまいますので、十分意識して、読み解く必要があるかなと思います。

 

高校教育の質保証と高大接続

今、中教審の高校教育部会で、高校教育の質の保証というのを議論しております。これもどんなふうになっていくか、わからないですけれども、そもそもこの議論の発端は大学からの要望ですね。本会でも佐々木隆生先生に来ていただいて、いわゆる「高大接続テスト」を勉強しましたけれども、大学教育が今成り立たなくなってきている。今までの大学教育の質を保証していた、担保していたのはなんだったかというと、大学入試制度。ここである程度ふるいにかけられる。これが足かせとなって、大学教育が一定程度のレベルを保っていたんですが、今の大学入試制度では、高校でほとんど履修していなくても入学している。あるいは、学力が定着しないできている場合がある。これを何とかしなくちゃいけなくなってきている。これは接続の問題であり、接続テストの在り方で何とかならないか。高校教育で質をきちんと保証しないと、どうするのかという議論になってきております。これは、高等教育の方で答申されたものですので、その結果をどう捉えるのか、中等教育の方では、余りしっかり受け止めていないところがあります。結果的には高等教育課の方でもちょっと行き過ぎという受け止めがあり、現在ちょっと脇に置かれています。

大学入試センターの方ではこれを受けて、センター試験の在り方について検討をしています。新しい接続テストに向けてということもあるようですが、これもたぶん小手先のやり方なので、本質的にどうするか、これは難しいところです。

高校教育の質の保証で、新たな共通テストの考えも出てきております。あるいは、達成度テストということも出てきていますけれども、個人的には、高校教育の質保証をどうするかで話をしても難しいかと思います。そもそも高等学校教育は中学校教育の結果を受けてやっている。中学校教育の成果をもとに高等教育を施すとなっておりますので、従って、中学校での質保証がきちんとできていないと、高校での質保証が議論できないであろう。中学校のことをいうのであれば、小学校のこととなり、つまり、抜本的にわが国における教育の質保証をどうするかを考えないと、結果的には小手先のやり方になり、元の木阿弥といいますか、そんな状況になる可能性もある。どちらかというと対症療法的なところで動いているんだと思います。

高校教育の質保証では、当初、高校が多様化しているので、それぞれの高校での達成目標は違うだろうということから、高校を3グループに類型化し、それぞれで質保証を考えたらどうだろうと議論していた。現実的には、高校の格差というのがありますから、その中で、各学校が実態を踏まえ、自校の教育をどうするのか、まさにぞれぞれで質の保証をしようと頑張っているところであります。このことを国が明確に打ち出すことは、国として高校間格差を規定することになり、さらに大きな問題になります。自分の高校はAランクの高校なのか、Bランクの学校なのか、Cランクの高校なのか、何を持って分けるのかということになってきて、ますます混乱を極めてしまいます。

さすがに類型という考え方はなくなりましたが、今は、共通に履修させるコアという考え方がでてきています。これも先細りになるのではないかと個人的には思っております。そもそも必履修というのがコアに当たるものですけれども、このこととの関連をないがしろにしていて、もうどうしていいかわからない状況になってきている。現場にいる我々がどうするかしっかりやっていかないと、各学校は窮地に立たされる可能性もあります。本来であれば、教育行政がその立場にありますから、道教委の担当のところがもう少し研究するといいと思いますけれども、やっぱり学校現場が自分たちできちんと全体の状況をみていかなくちゃいけないと思います。今いる学校だけじゃないですね、どこの学校に行ってもそういうことができるという本質的なところをみていかなければいけないと思っております。ちょっとこれは余談ですけれども、そんな流れになっているってことを押さえておく必要があるかと思っております。

 

北海道の教育施策

今、中教審あるいは臨教審の答申の流れを追ってきましたけれども、実は、国のこうした大きな流れに沿って北海道ではどうしたらいいかということを考え、道教委でいろんな計画を立てます。大きなところは、教育計画という形で出てきます。かつては、そういう計画もなしに流れでやっていくという行政のやり方でしたが、今は計画を立てなくちゃいけない。道教委からそういう計画が出てくるのが、昭和51年です。四六答申の後です。北海道教育長期総合計画が策定されたんですが、これは教育だけではなくて、道の長期総合計画と連動して出されています。行政の政策推進についてもこういうかたちになってきましたよということです。ほぼ10年スパンの計画で出されていますが、最初に出された北海道教育長期総合計画の時には、大変なものを出しています。私の方でも本の中に書いております。北海道の教育長期総合計画だけではなく、いろいろと分析した資料を冊子として出しています。それを一つ一つ見ると、実は、今の時代に通じるような内容ですけれども、こういったものを含めて、総合計画というものを立てました。それが最初昭和51年です。

この10年計画に続きまして、昭和62年に北海道新教育長期総合計画というものを立てております。新が付いておりますが、2期目ということになります。これは、臨教審の後になっております。このへんのことを踏まえた内容が書かれた総合計画が出されました。

そしてさらにですね、平成9年です。ここで、今度は第3次が付きます、第3次の北海道教育長期総合計画、第3次教育長計と呼んでいますけれども、これが作成されています。ここらへんから、前からもありましたけれども、いわゆる目標、成果について細かく出てきています。この第3次教育長計の後にですね、推進管理という考え方が出てきまして、それぞれの施策について、どんな成果が上がって、どんな課題があるか、進捗状況がどうなのかをまとめて報告することとなりました。それは毎年出すことになりまして、それを初めて担当したのが私だったんですけれども、教育長計の最初の報告書を作りました。大変な作業でしたけれど、個人的にお話させていただければ、大変ありがたいことに道教委の全施策を知ることができた。学校だけでなく、社会教育も文化も体育も全て、それぞれの施策の予算、目的、進捗状況も知ることができた。予算作成にも関わったので、私にとっては非常に勉強になりました。

第3次教育長計ができたときに、先ほど言いました見通しですね、「公立高校適正配置計画の基本指針と見通し」を作成して、適配をやっていかなければいけないということで、教育計画推進会議の中に小委員会を設けて議論をいたしました。先ほども言いましたけれども太田先生が主幹で、この会議も大変な会議で、毎月1回の会議を集中的にやって、今後の北海道の高校配置をどうするかを事細かに出しました。それまではですね、言葉が悪いのですが、行き当たりばったりで調整して廃止になったり、統合されたりという感があり、力関係とか、不公平感というのがどうしてもでてきます。そういったところに一つの方針にのってやっていますとのことで、適正配置という言葉が出てきました。このへんから教育長計、それから適配というのが非常にシステマチックに進められてきたところです。丁度、15期の中教審答申の時期ですから、その前の14期の答申を受けた新しいタイプの学校を含めた適配がどんどん進められた時期になります。

政策的にいうと、教育長計は、その後、平成20年に策定された北海道教育推進計画に引き継がれています。最初の教育長計から新教育長計になり、第3次教育長計、教育推進計画と、名称に統一性がなく非常にわかりにくいんですが、中身は同じです。全体としては、社会情勢や変化を受けて、各種答申を踏まえ、これからの北海道教育をどう進めていくかという流れになります。高校配置だけでなく、教育内容も含めた新しい高校教育の在り方についての新たな教育に関する指針、これが現在も生かされています。3年先を見通した配置計画をたてながら進めていますが、教育に関する指針に基づいて進められているということをご承知おきいただきたいと思います。本書の46ページですね、高校配置の在り方、今後の方針をどうするかということの、本道における流れについて記載されています。

 

高校配置計画

こういった流れは北海道だけでなく、全国的なもので、社会的な変化、少子化、これが非常に大きな要因になっています。当時は、昭和51年をピークに生徒の急増期でした。それまでは、高校が次々と建てられてきております。昭和51年度は全道で、14校の高校が新設されました。札幌市内に7校です。間口も10間口ということで、続々と建っています。これは2〜3年継続して、どんどんどんどん建っていきました。今はどんどん生徒が減ってきて、ピーク時のほぼ半減という状況になってきています。そうすると適正間口の維持と教育をどう保証するかで、高校の統廃合ということが出てきています。そうすると地域にとっても道民にとっても大変大きな問題になります。そういったところのきちんとした計画と見通しを立てましょうということで、指針が出されます。「新たな高校教育に関する指針」も平成18年に出されたものですから、もうすでに6〜7年経つということになります。10年スパンで見ればですね、もうそろそろ総括して、次を見通さないとならない時期にきています。

いろんな新しい取り組みをしております。それが今の高校配置計画の流れになってきています。本道においても適正配置計画について、最初に総合学科、次いで中高連携学校ですとか、単位制ですとかいろんなものが出てきています。これも計画に則って導入されているんですが、前回のフォーラムでも話したとおり、政治的な絡みですとか、地域性が出てきて、それぞれの思いと実際には違いが出てきます。その結果が非常に難しい状況になってきているのはもう、現実だと思います。そこをどう捉えて、どう持って行くかということになります。それは、第2章のものになりますので、また後で話したいと思います。

 

学習指導要領の系譜

ここまでは、全体の流れですが、実際には多くの施策の流れです。各学校においては、教育活動は何に基づいて行われていますか。当然ご承知のとおり、学習指導要領に基づいています。答申等を受けて学習指導要領が改訂され、それが国や道の施策や計画に反映されています。学習指導要領はだいたい10年スパンで改訂されてきています。それでさっき、余計なことをいいましたけれども、昭和35年の高等学校学習指導要領の改訂、これは私自身が高校生の時に習ったものですが、この中にも何人かいますね。この学習指導要領では、教育課程としての基準が明確にされ、方向性が重視されたということです。科目数が大幅に増大しまして、ほとんどの科目が、必修でした。今は選択が随分入っているんですけれども、私の時には、社会科は全部、倫理、政経、地理も全部やりました。理科は物・化・生・地全部でした。当時は家庭科についてはまだ女子だけでしたけれども、そんななかでやっていました。今の生徒の状況を見れば、選択ばっかりで何を言ってるんだよと、教科書も分厚い教科書でしたね。そんな勉強してきたというのがそのときです。

その後、昭和45年に出された学習指導要領の中身というのは、教育の現代化というもので、これがキャッチコピーでした、時代の進展に対応した教育内容の導入で、現代化をどんどん進めていくというのが、昭和45年に出された改訂です。実は、これは私が勤めた頃の学習指導要領で、この学習指導要領に基づいて最初の教員生活をスタートさせた。この中にもお仲間がたくさんいらっしゃるのではないかなと思います。このときの現代化とは何かというと、いわゆるスプートニクショックというのがあります。ソ連が人工衛星を打ち上げて、アメリカが本当に衝撃をうけたんですね。ソ連に負けたというか、そういうことで、アメリカが教育内容の充実と科学技術発展を図るということで、教育内容の現代化運動が進められた。小中学校でかなり高度な教育を行おうというような運動で、これが日本にも波及してきたということです。かなり濃密なカリキュラムで、大変すぎて、教科書を消化できないというような状況もありました。例えば、教科書の一部を飛ばすというようなことや、単元を残したまま終了してしまうということが、常態化していたことがあります。それから、地理A・Bがでてきた。選択がちょっと入って、社会科でいうと日本史、世界史、地理A・Bの中から2科目と政経・倫理の2科目履修ということで、以前より履修が緩やかになってきています。それから、理科もそうですね、物・化・生・地から2科目選択ということが、その頃です。

そしてその次が昭和53年に出された学習指導要領の改訂です。これはもう、四六答申を受けた後になりますけれども、これは前回の濃密化カリキュラムの反省に基づいてということで、大量の落ちこぼれや授業内容の削減を図ろうということで出されたものです。ゆとりある充実した学校生活の実現を目指してということになりましたけれども、中教審答申を受けて、内容の削減ということになりました。たぶん公立高校は削減をしたんですが、私立高校は従来どおりやったということで、ここで公私の差が出てきたという状況がございます。英語でオーラルが出てきた。そして、次が平成元年の学習指導、これが先ほど言った私等が総則を勉強した学習指導要領ですけれども、ここは何が出てきたかというと、いわゆる新学力観。新学力観が見いだされて、個性を出す教育を目指すということになります。教科内容をさらに削減しております。小学校でいわゆる生活科が設けられた。複合的な科目です。小学校で道徳教育の充実というようなことで、社会の変化に対応して、心豊かな人間の育成というようなことが出されてきました。これも平成元年の臨教審で新しい課題が出てきている。それを受けての改定になっております。ここではですね、社会科が、地歴科と公民科に初めて分かれた時です。それから、家庭科の男女必修、共修がはじまったのがこの平成元年の時からです。あとは、総合理科というのがでてきます。いろんなところの動き、これが今の学習指導要領の基本になっているのかなと思います。

その次に出されたのが、平成11年ですね。これも個人的に言うと非常に懐かしい。私が初めての教頭のときの改訂で、たまたま商業高校に行った時で、この学習指導要領に基づいた新しいカリキュラム編成をどうするかということで、商業の勉強をずいぶんしました。商業の先生方とも、商業教育とは何かという議論をずいぶんしましたけれども、このとき初めてわかったのは、教科の目標の捉え方がちょっと違う。語弊があるかも知れませんが、商業教育はどう在るべきかという、議論をするんだけれども、商業科の教員から出てくるのは、例えば「簿記3級を全員に取らせることが目標です」だとか、そういうレベルの発想でしかない。教育課程編成に向けて、総論と各論がありますけれど、各教科何を目標にしているのかというところは、もう一度しっかり考えなくちゃいけないという思いはしています。普通科で言えば、受験に必要だから、数学でいえば、数T、数U、数V、昔もよくありましたよね。数Vを全員に必修だとか、ほとんど必要としていない者になんで取らせなくちゃいけない、選択にさせるわけにはいかないのかとかね、いろいろあったんだけれども、自分の論理と生徒全員の様子も含めてですね、どうあるべきか、教育の在り方というところを考えなくっちゃいけないかなと思います。そういうところで、思い出のあるところですが、ここでは、教育内容の厳選、総合的な学習の時間新設ということがあります。生きる力の育成ということが新たに出されてきています。そして、学校完全週5日制実施ということで、授業日数が大幅に削減されています。いわゆる、今問題になっているゆとり教育のスタートの時期というふうにとらえてもいいかなと思います。ゆとり教育云々で、いろんな批判が出ましたが、「過不足なく教えないといけない」といういわゆる歯止め規定がありました。そして、この歯止め規定の文言が消滅したのは平成15年です。ここは揺れ動いた時期ですね。これも本の中に書かれています。いつの間に文言が消えたのか、と書かれていますけれどもそういうところの学習指導要領です。

この学習指導要領は現行のものですので、改めていうことはないと思いますけれども、そういう状況になってきて、そして今般新しい学習指導要領が出されていますね。これは、25年度から、学年進行で実施されますけれども、ここの背景にも国際学力調査の結果ですとか、学力低下論争ですね、こういうことの影響が大きいと思います。ゆとり教育の成果はあったけれども課題はあるというまとめで、議論は避けています。ゆとりか、詰め込みかということではなくて、生きる力をはぐくむということで、基礎的な知識と技能の習得と、あわせてですね、思考力、判断力、表現力などの育成をめざすということで、新しい言われ方をしています。言語活動の充実とかいろんなことを言われていますが、それをどう捉えていくか、考えることが必要だと思います。ここでは、義務教育も含めてですけれども、授業時間がちょっと増えてきたんですね、国際競争力を高めるためには、基礎・基本を徹底するためには、もっとやらなくてはいけないということで、今、授業時数のほうもちょっと、厳しく言われてきていますし、高校での授業時数確保などビシビシきてます。時数を確保すれば、結果が出るのか、そうとも言えないけども、形式的になってきています。中学校でも実施時数が何時間足りない、補充しなければいけないとちょっと形式的になってきています。

 

学力低下問題について

そんな流れの中にあるのが今の状況です。学習指導要領ものそのつどそのつど流れてきているんですけれども、これは、この研究会でも話題にしたんですが、根底にある一番の課題は学力低下だと思います。最初はちょうど、私が指導主事になったときかな、分数ができない大学生が話題になりました。これをどう捉えるかという問題があります。京都大学の西村先生がそういうことを言い出したんですけれども、最初は今とは意味合いの違うことを言ってました。それが今、高校でのゆとり教育のせいだということに、話が、どんどん進んできています。

学力についてはいろんな議論があるところで、ゆとり教育の反対の立場、賛成の立場いろいろあります。特に、ミスター文科相といわれた人が賛成の立場でどんどん話を進めています。また、本会に来てもらいました、市川先生とか、佐藤学先生は、学力低下そのものは心配していますけれども、ゆとり教育そのものに反対はしていない状況です。市川先生からは、学力の保証どうするかということで、授業の在り方等々のお話があったはずです。佐藤学先生は最近は来ていませんので、その話はしていませんけれども、市川先生には4年前に来てもらって、ここでいろいろと議論しました。ちょっと我々とかみ合わないところがあったかもしれません。市川先生は、義務教育における、学力定着をどう図るかという指導方法の在り方を提唱しています。佐藤学先生は、子どもたち全体がどう学んでいくかというところの話しで、まだ、一生懸命やっています。最近、健康を害されているということを聞いていますけれども、本会も最初の頃、4年、5年連続して、佐藤学先生に来ていただいて議論を積み重ねたところです。そんな勉強もさせてもらったということで、学力問題をどう捉えていくかというのは、大変だと思っております。

ただ、この学力論争に関わっては、さきほど、臨教審とかに触れましたが、一時期問題になったのは、有名な話ですよね、三浦朱門さんとか、曽野綾子さんが大変なことを言っています。三浦朱門さん「出来んは出来んままで結構だ」、実直な精神だけ養っておけいい、   100人に2人か3人だけいるエリートだけ伸ばせばいいという言い方を審議会の中で言っています。曽野綾子さんは、これも衝撃を受けたんですが、「2次方程式なんか社会に出て何の役に立つの?こんな役にたたないものやる必要がないでしょう?」と言ったのが、曽野さんですね。私は、乱暴な論理だと思うんですけれども、よくわからないそういう論理で、中央で話がどんどん進められてきた時期っていうのがあったんです。これから先どんなふうになっていくか、非常に難しいところです。

この学習指導要領のところでは、いろんな批判が出てきたりして、遠山大臣の時にゆとり教育の記述をはずして、ちょっと勉強を強化しなさいということになった。その経緯については、学力低下論争のところかな、27ページくらいのところです。学力は低下していないから、ずーっと行って、文科のパンフレットの中から言葉が突然消えたり、新しい言葉が入ってきたり、というところが記載されています。従って、文科省自体が揺れ動いていますね。本来的な教育のあり方をどうすればいいのか、現場が蔑ろにされているなかでの、いろんな議論がされ、これに振り回されているのが現場だということになるのです。そこのところしっかり、押さえていく必要があるんだろうなと思います。

 

北海道における高校教育改革

現状で、大きな流れということで、今の教育は進められているということになりますが、そういう中で、教育改革が、どう進められているのか、本道において、どんな進められ方をしてきたか、現状と課題どうですかというのは、この本の第2章に書かれています。56ページから北海道における高校教育改革と実際と成果と課題、これと関連して、前にあります、32ページからになるんですけれども、これは情勢も含めて、それぞれの新しいタイプの高校がどんな配置になってきているか、どんな数があるのか、概括を述べています。そこを含めて具体的に、本道の高校ではどうですかというところを第2章に入れております。具体学校名があがっておりますので、それぞれの学校とまた、別の学校では、内容がちょっと違うかもしれません。こういう具体事例の方が参考になると思います。

単位制については、北見柏陽高校の取り組み、考え方が示されています。総合学科については、石狩翔陽高校の事例をあげております。そして、中高一貫については、上川高校、中等教育学校で、登別明日中等教育学校を取り上げております。キャンパス校については、穂別高校、フィールド制、新しいかたちですが、あすかぜ高校ということで、学校での具体の取り組みとその課題について書かれているんですが、同じ制度でも、学校によってねらいといいますか、具体的な対応の仕方が違うと思いますので、そこらへんを参考にしていただければと思います。成果と反省をあげなくちゃいけないんですが、単位制、総合学科、中高一貫、等々いろいろと入っていますので、非常に難しいところです。全国的に、北海道においても同じ成果と課題をもっているかと思います。

こういう制度改革をするときには、その制度の持っている特性とねらいをどうするかということを、しっかり押さえて、それを生かすかたちにしていかないと、成果が上がらないんですね。非常に難しいところは、一部の教員とか管理職が理解していてもしっかりと動かない。つまり先生方、その学校にいる先生方が同じ思いで、同じ活動をしなければですね、かたちが生かされないんです。結局かたちだけに流されて終わってしまうところがあるので、その難しさがある。設置者というか、最初に取りかかった人たちは、非常に夢をもっておりますから、いろんなことをやります。

一番わかりやすいのは、前回お話いただいた登別明日中等教育学校元校長の大山先生です。北海道初の中等教育学校をどんな思いで作って、どんなふうにしたかったかということで、熱く語ってくれましたが、そういう思いを持って取り組んできて、どうですかということです。登別明日中等教育学校は、今年初めて、6年間の一期生が出ることになります。初めての成果がそこにでます。この間に校長は3人代わっています。理念ですとか、手法ですとか、そういったものが、校長の中できちんとつながっていっているか。校長だけでなく、その下の教頭、あるいは教員がどういうふうに受け止めてやっていたのか。ただ、中等教育学校は初めて作ったので、教員の入れ替わりはそんなにないと思います。それから、あそこは、ちょっと特殊な教員の集め方をしていましたので、そういった意味で6年間継続されているところがあるかなと思いますけれども、その成果と課題を明確にだしていかなければいけないかなと思います。

単位制と総合学科は、質的にほとんど同じなんですよね。個人的にはそう思っています。ほとんど単位制です。どっちが先行といっていいのかな、単位制そのものは最初、定時制で導入されています。北海道ですと、有朋に単位制が導入されたのが最初です。年表の中に入れてありますので見ていただきたいと思います。平成3年ですね、先駆けて入っております。定時制導入で、有朋高校に。実はこの有朋高校の単位制というのは、私の承知している範囲では非常に成功している例と思っております。全国的にも実は手本になるような単位制の高校なんですが、そのあと、単位制導入に向けて先進校見学に行きたいといったら、みんな他県を目指すんですね。有朋をぜんぜん見ていない。かえって他県に視察に行くと、なんで有朋見てないんですかと言われるのが落ちです。

 

新しい高校つくり

我々の意識として、先進校イコール関東だとかね、そういうところがある。東京のどこそことか。私は先進校視察はやめれって言ってるんですね。先進校にならってもそれはものまねでしょう。自校が先進校にならない限りあまり意味がないですね。新しいものを開発しようとすると、そこまでの気持ちを持っていないと、たぶん難しいのではないかと思っています。有朋高校は非常に苦労されて作っております。もうすでに退職されていますが、西田校長先生といいますか、当時の教頭先生が、指導主事のときから対応していました。有朋の単位制の設置については、実は高経研で発表していただいておりまして、いろんな議論をしました。生徒のカリキュラム、生徒が授業を作るということで、選択科目、授業管理の仕方など。それから本当に履修は、必履修以外は何をとってもいい。だから、芸術ばかりとってもいいというのもありました。それから生徒指導についても大胆なやりかたをしました。校則はありませんとかね。何か問題行動を起こしたときどうしますか、自分でどうしたらいいかを考えて、それをまず申し出て対応する。そんな話もされたと記憶に残っておりますけれども、本当の意味での単位制というかたちでスタートしたところだと思います。

ただ、有朋が北海道でいうと、学則も別途示されていて、道立高校でありながら、実は、別枠の高校ですね、みなさんはどちらかというと、単位制というよりは、定時制あるいは通信制のイメージがあって、こういうことを言うと大変失礼なんですが、各学校でドロップアウトした者を引き受けるそういう学校というイメージを非常に強く持っている。したがって、そういう意味では、非常に損をしている学校なんですけれども、実は単位制に行っている子どもたちは非常に大きな成果を上げている。だけど、入試なんかも含めて、有朋は苦境に立たされているところがある。これから課題になるんだとは思いますけれども、本来的な単位制となると、そこのところを意識してもらえたらいいかなと思います。

全日制単位制は新しいことで、同じ単位制では総合学科が先です。総合学科は生徒の多様性に対応する。進路目的のはっきりしない、いろんな子どもたちが高校に入ってきている。それをどうするかということで、総合的な学科ということで、新たにできたのが総合学科です。総合学科には制限が3つしかなかったんですね。1番大きなのは、「産業社会と人間」をやれということで、あとは職業科目をいくつかやりなさいということと、課題研究をきちんとやれということなんです。あとは、単位制高校と何も変わらないです。全日制の単位制高校は、総合学科とシステム的にはほとんど同じで、全日制単位制には「産業社会と人間」をやれという縛りはない。それから、職業科目を25単位以上設置せよという縛りもない。あとは同じなんです。総合学科は、進路が未確定な子どもたちをどうするかということで、「産業社会と人間」で、自分の在り方生き方、将来設計をどうするかということを系列的に指導しようということと、類型を定めて、そこに専門教科の科目数を増やさなくちゃいけないというのがあるだけなんです。これも運用が大変難しいんです。

総合学科については、設置した寺脇研さんが随分豪語してまして、全国の半分以上は総合学科にするということいったんです。今はちょっと、頓挫しているようです。寺脇研さんも最近は復活していろいろ言ってますけれども、それがどうだというのを別にしても、ねらいとしては正しいこともあったという風に思います。数にこだわってもろくなことないんですけれども、そのねらいをどう生かすかってことなんですね。

 

総合学科について

総合学科を本道に導入したときにはちょっと政治的な色合いがあって、どこの学校に入れるかというところで、ボタンの掛け違いもあったりして、本当に必要なところが総合学科になったのかどうか。本道は広域で、子どもたちも数が減ってきている。高校の存続問題は地域にとって非常に重要な問題です。首長さんにとっても死活問題になってきてくるので、その学校を生き延びさせるために、新しい制度を導入しよう、したがって、総合学科を入れようということで、入れたところもあります。そうすると、総合学科としは、そのねらいやシステムのいいところが生かされない状況になってくる。将来地域の子どもたちがどれだけ減っていくか、どれだけ集めることができるかっていう見通しの甘さもあったかなと、そこらへんのところで今、弊害が出てきているかなというふうに思います。

実は、総合学科には私も思い入れがあります。室蘭東に赴任し、室蘭商業との統合で、室蘭東翔という総合学科の高校つくって、個人的には総合学科についての思い入れはあります。こうすればいいという思いもあり、いろんな設定もしました。本には石狩翔陽の事例が入っていますけれども、石狩翔陽は石狩翔陽の事情があって、総合学科にしています。裏事情はだしていいのかな。石狩高校は当時大変でしたね。これから先学校はどうなるんだ、学校の再生を目指すんだったら、ここは総合学科にするしかない、ということで、校長が非常に頑張って、総合学科を導入したんです。それが具体的なところです。あとはそれをどうやっていくかということになるんですが、石狩翔陽はそれなりに成果を上げてきていますので、そのねらいは達成されているのかなと思います。私も室蘭でやったときには、室蘭東翔では、総合学科だけれども新しい科目をそんなにつくる必要はないと思っていた。あの当時、学校設定科目で特色ある科目をいろいろつくる傾向があったんですが、これはなんなんだと思っていた。科目のための科目をやっているようで、意味のないような科目をどんどん作って、選択科目を多くしていた。これが地域に根ざした特色ある科目ですと、地域学習とかやってるんですけれど、本来的には、生徒の実態に合わせた科目をどうするかということをねらいにしてやっていくのが筋だと思います。

室蘭にいるときは、学校の設置の環境からいくと、実は室蘭工業大学が近くにあって、そばに文化女子短大があった。そこで保育とか家庭、工業の勉強もできるし、高大連携もできる。いろいろ考えて、いろんな設定もしたんですが、誤算が一つあった。短大が2年後に潰れてしまったんですね。家庭科関係のものがちょっと狂ったんですけれども、ただ地域の実態に合わせてどうするかということと、高大での連携した授業までは準備はしてきた。商業系列も作ったんですけれども、すごく少なくしました。どの系列が生き残るのかは、中にいる教員が頑張ればいいといったんです。商業の教員が生徒にこんなにいいものがあるんだよということでアピールすればいいですし、普通科の教員がもっと勉強させたいというのであれば、それはそれでさせていけばいいだろうといいました。そこは柔軟に対応できるように作ってきたんです。

というように、学校を作るときには、校長はそれなりの夢と希望を持って、教員に語りかけていますし、いろんな準備をしながら設定をしてきている。それが生かされていくかどうか。人事異動で校長が替わる、担当者も代わるで、精神が定着していないと流されてしまうんですね。次で流れが変わってしまうところが出てきます。そこのところをどう捉えていくかが大きな課題なんだろうなと、細かいところを見ると、それぞれの学校における特別な事情における課題というふうに思います。

面白いエピソードがありまして、室蘭東の教員が先進校の視察に行ってきて、「産業社会と人間」というのは素晴らしいのでこれだけは入れたいけれども、総合学科にはしたくないといわれました。「産業社会と人間」のねらいは、今、普通高校でいわれるキャリア教育になっていきますけれども、本来的にはどこにいても必要にされるところです。総合学科はそういう生徒も多いから、きちんとやりましょうということで、制度化されて、科目設定されたということなんです。そのへんのところを理解しないで、「産業社会と人間」をやらなくちゃいけないからとやっていくと、これどう展開すればいいんだということになって、形だけやらされて、意味の無いことになります。「総合的な学習の時間」もですよね。寄せ集めでやって、総合的な学習になっている。学校によって総合的な学習で成果をあげているところもあります。そこの考え方とやり方です。

総合学科で一番の課題は、単位制ということなんです。これをどうするか。全日制の単位制高校にもつながる課題です。単位制を何で入れるか。これは学年制によらない教育課程を編成して、生徒が自らの授業を組んで、勉強できるということになりますから、本来で行くと、「産業社会と人間」のようなガイダンスをどう徹底するかということと、将来設計をどう設定させるかということになる。本来の学ぶ目的っていうんですか、そこのところをしっかりつけないと、安易に流れ、単なる逃げの科目選択になっていく。必履修科目ってあるんですけれども、これにこだわりすぎるんですね。将来を考えれば1年生で必履修科目を全部取らせるんですが、2年生以降の選択でもいいはずです。必履修科目の単位を未修得で2年生になるのは許されない、1年生から2年生に上がるときはそういうルールを作ったらということになって、そうすると単位制でも何でも無い。何のための単位制か、本末転倒になってきている。

これは、道教委の施策の在り方にもちょっと原因があるかなというふうには思っています。単位制については、いわよる2番手校に導入しますとしています。実際どうなのかな、実はうちの学校でのカリキュラムを考えたときには、選択が随分ありますから、生徒によって履修単位数が違います。授業展開するときには、空き時間があるんです。先に帰る子もいるんですね、空き時間はどうしていますかというと、自習室といいますか、多目的室で勉強する、あるいは図書館で勉強する、そういうやり方をしています。現実的にいえば、単位制の中身でやっているとは思いますが、道教委に相談すると、札南には入れませんとのっけから言われました。これはほかの学校でもそうだと思いますけれども、結局趣旨を生かすかどうかというところと、政策的なところとで合致しない部分が出てきているんだと思います。総合学科の導入についても同じことが言えるかな。そこをちょっと念頭に置いて成果と課題というものを見ていかなくちゃいけないかなと思っています。

 

中高一貫教育について

それから、中高一貫教育についてですけれども、これも政策的な意味で導入せざるを得なくて入れたというのが本音のところであるかなと言ったら、太田先生に怒られるかもしれませんが、本道の中高一貫教育の導入は上川高校、上川中学校でした。これは、地域も中学校も協力してくれているから、まぁそういうふうになりましたけれども、連携型で入れたのは最初ですね。本当は、連携型よりも併設型がいいと提言をしているようですけれど。連携型っていうのは、距離的に中高が離れていますね。共通の教育活動をするときどう展開すればいいか、教員の移動のことですとか、協力体制ですとかが、非常に難しい。

連携型は設置者が違いますので、中学校の教員、高校の教員の考え方に随分開きがあるんです。一般に言われるのが中学校の教員はあまり協力的ではない。これは上川ではなくてですよ、中高のいろんな連携の事業をするとそういうことになってます。今、中高だけではなくて、小中連携も言われていますけれども、やっぱり校種別によって、ちょっと差があるというか、見えない壁があるというところがありますね。同じ中等教育という枠組みで考えるのであれば、中学校、高等学校どうするのか、という考えになるんですけれども、接続も含めてですね、どうしてもそこにある壁っていうものを取り除くことができない。中高一貫教育を進めていくときには、そこのところが一つのネックになっているかなと思います。そもそもはゆとりある6年間で、高校入試という枠を取り外した中で、きちんとした伸びやかな学習をしましょう、学習活動ができるようにというねらいで入れてますけれども、そこを活かせるかということが一つの課題になるかなと思います。それと中高一貫ですから、継続して学習しないとあまり意味が無いですよね。せっかく連携型の中高一貫でやっているのに、他の高校に抜けて行って、違う中学から入学してくるとなると、中高一貫教育のそもそものねらいができないところがあります。だからここのところが一つの課題ですね。

そういう意味でいくと、中等教育学校の方がわかりやすいです。それは今、登別明日でやられていますが、その成果はこれからということになります。6年間というのは、非常に長いですよね、子どもたちにとっては非常に長い。ちょうど、人間形成される一番重要な時期に、6年間同じ仲間で、それも2クラス分しかないので、そこのところの活動がどんなふうに保証されるか。閉鎖的な活動をしているとちょっと難しい。もっとオープンな形で、他とのつながりの中でやっていく。それから、6年間の枠組みをどう捉えるかということですよね、登別明日は、2年、2年、2年の組み方をしています。それから、特色を持たせるために、イマージョン教育というのを入れています。そういった意味では非常に成果を上げていますし、いろんな活動の中で登別明日という名前が出てきていますから、これからどんどん成果が上がってくるかなと思います。ただ、間違ってはいけないのは、大学への進学者数で評価をすること。そうなってしまいますと、また違ってくるかなというふうに思います。どうも我々は、高校教育の評価というのを進路実績で見ようとする。まだ、大学の合格者数、大学に何人入ったかと言うことにとらわれすぎているところがある。そうすると、本来の教育の質の保証が難しくなってくるんではないかなと、思っています。

 

キャンパス校とフィールド制

それと、新しい制度の中で、北海道独自ですけれどもキャンパス校というのを入れてますね。センター校とキャンパス校。フィールド制も入れてます。ここの捉え方は非常に難しいです。キャンパス校については、学校の存続の問題と教育の保障の問題、そして、地域性の問題、ここのところどうするのかというのは、微妙なところですね。今までは、キャンパス校になったから、うちの学校は残れますねとただ安易に考えている。新たに出されたキャンパス校での閉校という問題が出てきます。地域の学校で、他の学校に通うのが大変だということで、高校教育を保証しようというやり方ですが、どういうふうに保証するかというのが、ちょっと難しいところです。

今、道教委では新しい事業で、教員の行き来ができるという制度を作ってやっています。センター校、キャンパス校間の派遣みたいなもんですけれども。センター校、キャンパス校が遠く離れすぎているから、今、遠隔授業ということをある程度やっているんですけれども、どうやって成果をあげるかということになると思います。教員の派遣の問題ですとか、いろんな問題、うまくやらないと、難しいかな。遠隔授業はできないというので、生徒の交流ですとか、生徒会活動でもって、センター校、キャンパス校間の取り組みをやってますよと出ている。これも人間教育というか、人格形成の上では非常に重要なことだけれども、その前にやっぱり授業そのものの保証というかな、ここをどういうふうにしていくか、いろいろ工夫しなければいけないと思います。今、道教委から示された形で取り組んでいますけれども、それよりは、当事者がもっとこうなったらいい、こうすべきだという、いろんな思いを訴えて、改善を促していくべきではないかなというふうに思います。子どもたちのためにやっていることですから、自分たちが大変だというのは、ちょっと二の次にしていただきたいですね。是非、そういう工夫を訴えてもらえればなと。物理的な状況の中で、難しさというのは、どうしても課題として残っているようです。そこが大きなものかなと思います。

フィールド制については、どういう風に言ったらいいかちょっと困っているんですが、北海道独自の方法ですけれども、性格付けが非常に難しいですね。総合学科の類型の形をまねた普通科でのやり方になってるんですが、今までの系列とかコースとかというよりは、新しい言葉で、ちょっとわかりやすく、取っつきやすくしているのかもしれませんが、扱いをきちっとしないと、ちょっと難しくなってくるかもしれません。それは、教育の内容を包括的にフィールドというかたちで与えて、ある程度柔軟な対応をというものになると思います。教員の加配もないですし、いろんな制限がありますので、その中での工夫をどうするか、それから、生徒へのイメージの付け方というのが重要だなと思っております。フィールド制は、随分多いですよね、特に手当もしなくていいから、どんどん増やしているんだと思うんですけれども、そこら辺のところを言わないと、やっぱり形骸化してしまうところがあるんだと思います。そこが次への課題かなと思います。ただ、フィールド制は、スタートしたばかりですから、それをどんな風に活用していくかというのが、これからのかたちになるかなと思います。いずれにしても、これからの北海道における高校教育を考えるときに、どうするのが一番望ましいのかってことが、広い意味で考えて、皆さんから提言してもらえればなといいかなという風に思っております。

 

2030年の教育を考える

実は、ここまでのことを踏まえて、2030年の提言をしているんですが、実は高校教育改革で進められてきたことは、制度対応なんですね。実際に多様化した生徒には、多様化した高校が、それぞれ、対応しましょうということでの、制度改革で進んできていると思うんです。今言われている高校教育の質の保証っていうこと、この観点から考えるとですね、制度改革では、もう対応できないんではないかなと思います。本当の意味での高校教育の質とは何か、いうところだと思います。見た目での内容ではなくてですね、本質的な教育、教育の不易という部分だと思います。

教育の質というと、進路結果を考えますね。大学進学だとか、就職だとか。それは、通過点であって、これが目的では無いと思うんですが、今の高校教育を考えたとき、どうもそこが目的になってしまっている。授業の在り方もそこにつながっていく。従って、いろんな隘路に落ち込んでいるんではないかなというふうに、個人的には思っております。

一番大きな変化は教育のユニバーサル化ということだと思います。大学も全入になってきました。高校も全入になって随分、時間が経っていますよね。多様な生徒が入ってきてどうするかということで、いろんな工夫をしてきて、対応してきたというのが、今の高校の実態だと思います。これが今大学に移ってきた、大学の質の保証というのが非常に難しい。これは大学だけの閉鎖的なものではなくて、世界的な視点で考えなくてはいけない。一部の大学は、世界レベルで、要するに、ユニバーサル人材ですとか、国際人をどう育てるかということで、いろんなことをやっています。東大が9月入学を唐突に打ち出したのはこういうことです。実際9月入学制度というのは、臨教審の時に言われていることなんです。そこらへんがこういう状況の中にあるということなんですが、その考え方をどうしていくかということが、これからになってくるかなと思います。これは高大接続テストにも、コアという問題にも関わってくることで、ここは真剣に議論しなくてはいけないところです。そこについては、午後、堂徳先生の方からお話しがあると思いますので、私の方からは前段の話でやめますが、二つだけ触れます。

 

ポスト3.11の教育

ポスト3.11の教育ということについて、それは夕方にもお話ししたいと思っております。個人的には、挨拶でもお話ししましたシチズンシップ教育が基本かなと思っております。市民性教育。3.11というのは非常に衝撃的でした。なんで、こんな事態になったんだろう、これをどうして回避できなかったんだろう。後になって、科学的根拠については想定外という言い方が出てきます。想定外とそう安易に言えるのかということと、行政の人間がそういう言い方でかたづけられる問題なのかというのが、非常にショックでした。

自分たちのことは自分たちで考えて、行動できなければいけないっていう思いがあります。今までは、国民、国家っていうのかな、国民教育ですよね。今アメリカでも強い国家、そのための国民っていう育て方なんですが、教育行政そのものを見ても、日本は広い。北海道から沖縄まで考えたときに、やっぱり地域、地域で特性が違うし、いろんなものを持って、自分の住んでいる社会っていうんですか、これは自分たちできちんと、参画して、築いていかなければいけないんではないかなというふうに思います。そうすると、それは、国ではないんですよね、地方自治体とか行政がやるのではなくて、広がりはどこまでいくかというと、非常に難しいですけれども、市民地域社会っていうんですかね、そういう広がりの中での取り組み、それぞれ別々だと思うんです。

そういう市民の一員としての自覚と責任、行動というものが、これから必要になるであろう。そこを意識した教育をこれからやっていく必要があるんではないかなと。そのためには、ある意味政治的な活動、経済的な活動に主体的に参加する個人が必要になる。そういう子どもたちを育てるっていうことが、これから必要でないかな、それがポスト3.11の教育、市民性教育の基本かなという風に個人的には思っております。

これは、午後にもちらっと触れたいなと思っております。それとこれからの教育改革でいうと、教育制度改革、教育の質の変革が求められている。そこのところがたぶん先のところになる、そこの議論をしないと、中教審でやっている話も本質的なところになっていかないというふうに思っております。市民としての自覚意識を持つということになると、今、いろんなところでいわれていますけれども、対話と創造力、そして直感、いわゆるクリティカルシンキングが求められているとされていますけれども、そういうところにつながっていくのかなというふうに思っております。そこの議論は午後からの議論に譲って、そこが本番になります。

ちょっと長い話をして、大変申し訳なかったんですけれども、その議論に行くためには、教育改革の流れとか、構成というものをしっかり、捕らえておくことが必要だと思うし、そのことを勉強しておくことが、やっぱり重要なことだというふうに思います。この中の1章と2章の中に書いてありますので、是非ご覧いただきたいと思います。3章については、これからのいろんな考え方があります。いろんな思いがあります。それは皆さんで、一緒に議論して、探っていければいいかなと思っておりますので、もうそんなところで、お願いします。以上で終わらせたいと思います。ご静聴ありがとうございます。

 

 

 

 

平成23年度冬期フォーラム報告

 

 
 ◇フォーラムテーマ:北海道の高校教育を展望する
 

    −ポスト3・11の教育を見据えた教育実践の方向性−

   

                           

   開講式(辻 敏裕 高経研会長)

 

あけましておめでとうございます。

 

我が国を巡る状況は大変厳しいものがございますけれども、皆さんには穏やかな気持ちで新年をお迎えいただいたことと思います。新春のお喜びを申し上げたいと思います。また、本日は全道各地からこのように大勢の方にご参加いただき大変ありがとうございます。

高経研でこれだけの人数が集まったのは久しぶりでございまして、以前に菱村幸彦国立教育研究所長に来て頂いた以来だということであります。たぶんこれは本日の講師である大山効果だと思います。特に登別明日中等教育学校から大挙して参加頂いております。改めてお礼申し上げたいと思います。

 

 さて、昨年の3・11東日本大震災は、私たちの世界観を一変させる出来事でございました。本研究会でも教育のポスト3・11を強く意識した取組みを進めてきております。

 また、現在高校教育の質の保証が声高に叫ばれています。中央教育審議会初等中等教育分科会に高等学校教育部会が設置され、今後の高校教育の在り方が議論されています。高校教育の質の保証が大きなテーマとなります。こうした中、これからの本道の高等学校教育の目指すべき方向性を探り具現化の一歩を踏み出す、そういうことが重要であると意識しているところです。

 さらに道内の教育動向を見ておりますと、昨年末からは教職員給与費の適正執行に関する調査が実施されています。併せて長期休業中の校外研修、とりわけ自宅研修については、厳格な対応が求められるなど、いささか落ち着かない状況であります。

 また、新学習指導要領に対応した教育課程の編成実施が佳境をむかえております。数学・理科が平成24年度の入学生からの先行実施となりますが、個別の大学入試科目がまだすべて発表されていない中での対応でありまして、今後の見直しや修正に含みを持たせたものとなっております。また、理科の履修科目増と各教科の単位数増加に伴い、週あたりの教科時数をどのように配置をするかに頭を悩ませている学校も多いと思います。

 さらに、平成24年度から校務支援システムが道立高等学校全校に導入されることになっておりますが、その全貌が見えない中で先行きに不安を感じ道教委の説明不足に不信感を抱いている状況もあることと思います。このように道内の高校教育を取り巻く状況もなかなか厳しいものではありますが、こうした目先の混乱に惑わされることなく、長期的な展望、広い視野に立って教育の本質を見極めつつ、身近な教育改革を実践していくことが大切であると考えております。

 

 話は変わりますけれども、昨年、向井理主演の映画「僕たちは世界を変えることはできない」が話題になったようであります。残念ながら、私は見てはおりませんが、150万円でカンボジアに小学校を建てるという話です。原作も同名で小学館文庫から出版されています。著者は日本医科大学の学生だった葉田甲太であります。昭和59年生まれの若者ですが、その内容については省略いたしますが、彼はカンボジアに小学校を建設するというボランティア活動にかまけすぎ、肝心の解剖学の試験を落としてしまうのですが、その時のエピソードが印象的だったので、そこの部分だけ紹介したいと思います。

彼は解剖学の教授から、献体とは我々人間ができる最後のボランティアであり、もちろんお金がもらえるわけではなく、ご遺族の方にはご遺体も残らず、最後に慰霊祭で小さな花が残るだけで、最も純粋なボランティアである。君たち医学生はそういう神聖な気持ちに全力で応える必要があるんだ、と言われます。

それを聞いて葉田青年は、解剖学を落とすなんて尊い献体に対して僕は全力で応えられていない。将来人の命を預かる職業に就こうとしている者がこんなことでいいわけがないと気づきまして、献体になってくれた方やご遺族の思いに絶対応えてやろうと決めて、勉強を頑張るという部分があります。私はここの部分を読んで、教育も同じだなと感じたわけです。将来を担う子どもたち、彼らが未来に羽ばたこうとしている気持ちに、我々が全力で応える必要があると感じたところです。

先ほども申し上げましたが、高経研では身近な教育改革の実践を進めてきております。身近な教育改革とは学校が現行の教育法制度の下で、学校個々に与えられた教育条件を最大限に生かす教育経営の努力を行って、生徒に質の高い教育活動を保証しようとする学校独自の教育改革であり、教職員が日常の些細で身近な出来事に関心を払い、誰でもどこからでも、また、いつでも取り組むことができる自由にして弾力的な教育実践と定義づけております。これは我々高経研の中で、このように定義づけて取り組んできたところです。

これは学事出版から1996年に出版されました「身近な教育改革をどう進めるか」に載せてありますし、これまで何度か本研究会発行の「研究参考資料」の中にも引用して載せてあります。こうした身近な教育改革を実践するために私たちはこれまで初期の頃は佐藤学先生ですとか藤田英典先生等を始めといたしまして、近年では、藤田晃之先生や広田照幸先生に来ていただくなど、様々な方を講師としてお呼びしております。そして教育制度、教育社会学など広範な内容について学習をしております。これまでの研究会活動につきましては、高経研のホームページに掲載されておりますので、機会がありましたら、覗いてみていだだければ大変ありがたいと思います。

 

本日のフォーラムですが、初めに、道立教育研究所の副所長であります元北海道登別明日中等教育学校長の大山節夫様に基調講演をいただきます。午後からは、前北海道教育委員会委員長神谷奈保子様に特別講演をお願いしております。経験豊富なお二人には広く高校教育を展望する貴重なお話しを伺えると期待しております。そのお二人のご講演を踏まえまして、人間教育の実践例を元に今後の本道の高校教育の方向性を探って参りたいと考えております。20年という節目を超えて、21年目の高経研の研究活動を終えようとする今、身近な教育改革を推進してきたこれまでの本道の高校教育の進むべき方向性を確認するということは、大変意味深いものであると考えています。

3・11東日本大震災と、東電の福島第一原発事故というのは、教育のターニングポイントであります。豊かな人間性、広い視野と的確な批判力を身につけ、社会の変化に柔軟に対応し、客観的な判断力と主体的な行動力に基づき、正義を実践するそんな人材が今求められています。人間としての正義を行い、安心・安全な社会を築きあげる人材育成にむけ、ポスト3・11の教育、とりわけ本道における高等学校教育を改めて展望していきたいと考えております。

 

最後に本研究会に関わる情報提供を申し上げます。

昨年、10月14日に本研究会の事務局長である、堂徳将人先生が「公民教育の新展開」という本を学事出版から出されました。学習指導要領の改訂を受け、中学校・高等学校の公民教育を効果的に進めるにはどうすべきかを深い洞察と豊富な実践例で解説をしております。本日は学事出版二井さんに来ていただいております。この会場の入口でも販売をしておりますので、そちらでも購入できます。是非、ご購入いただければと思います。社会科教員向けとなっておりますが、第一部は教育改革の歴史なども載っておりますので、大変参考になる内容ですのでご紹介をしたいと思います。

次に、本日お手元に配布させていただいた、「研究紀要」についてですが、講演、提言資料の他に会員からの報告と、夏期シンポジウムにおける広田照幸先生のご講演内容を集録しています。資料価値としても大変高いと自負をしており、ぜひ、ご活用いただければと思っております。

また、この紀要作成に関わりまして、投稿論文を会員に求めたところでございます。実は時間の無い中、二点の応募がありました。ご応募いただいたお二人には、改めましてお礼と感謝を申し上げます。他の会員の皆様も今後、積極的に応募していただけると大変ありがたいと思います。

次に、本研究会の新年度の例会活動についてご案内申し上げたいと思います。

今年は臨教審以来の教育改革の動向に関しまして、これまでの高校改革の実態を踏まえて、総合的に検証し、新たな展望についてまとめたいと考えております。実質半年間しかなく、集中作業になると思っておりますが、できれば最終的に一冊の本にまとめて出版したいと思っております。高経研としては久々の出版本になります。これまで、五冊ほど出していますが、その延長にあると考えております。例会員の皆様には、執筆等をお願いする事になると思いますので、ぜひともご協力をお願い申し上げます。

 

いずれにいたしましても、本日ご参加の皆様にとりまして、有意義な研究会となり、そして、実りある研究会になることを期待しているところであります。

長丁場になりますが、本日一日よろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 基調講演(大山 節夫 北海道立教育研究所副所長)

   
     ◇演題:「道立中等教育学校の創造 〜愛あふれる北の大地で夢をもつ人を育む〜」
   
  

 

 おはようございます。

 ご紹介いただきました大山でございます。今日はなるべく肩の凝らない話をしたいと思います。

 

 北海道登別明日中等教育学校は、平成19年4月に開校式を迎えました。小学校を卒業した生徒からなる前期課程80名と、中学校を卒業した生徒からなる後期課程81名の総計161名、保護者が400名以上、マスコミ関係者多数、来賓100名の計700名以上の方々を前にしての開校式でした。

 明日中等の校歌は、ご存知の通り大黒摩季さんにお願いしました。まともに作っていただいたら1曲数百万円するそうです。2曲作ってもらいましたので合わせて500万円くらいだそうです。それが無料です。この校歌披露をセレモニーの最後に持ってきたわけです。開校式に出席の皆さんは、校歌が大黒摩季さんの作詞作曲とは知っておりましたが、式典に本人が実際に来ていただいていることは知りません。TV放映の関係がありましたから、マスコミの方々には事前に連絡しておきましたけれども、あくまでも内緒の話ということでした。

 式典の最後になり、校歌披露に式次第が移ったとき、司会の後藤教頭(現遠軽高校長)が「それでは校歌の披露に移ります。ご存知のとおり作詞作曲は大黒摩季さんです。それでは、大黒摩季さん、どうぞ」とやったものだからもう大変、会場がドヒャーという叫び声とともに沸いたわけです。

 これが全国放映となり、その後、2〜3週間、全国からたくさんの電話をいただきました。内容は、明日中等はどのようなカリキュラムを組んでいるのか、学校の特色は何かといったものではなく、どうしたら大黒摩季さんに校歌を作ってもらえるかというものがほとんどでした。ある県などは、教育委員会のトップの方が直々に電話を入れてきたものですから、わたしもびっくりした次第です。

 

 現在、中高一貫教育校は、全国に420校程度あるようです。その中でも一体型の中等教育学校は49校だそうです。平成19年度の時点で登別明日中等教育学校は全国で16番目、都道府県別に見ると1県で複数校設置していた県がありましたので9番目ということでした。47都道府県でベスト10に入ったわけですから、北海道教育委員会としても力を入れていたことになります。

 そもそも北海道教育委員会が道立中等教育学校を設立すると具体的に表現したのは、平成12年6月に出された「公立高等学校配置の基本指針と見通し」の中に、「連携型中高一貫校の実績を踏まえながら、モデルとなる中等教育学校を設置できるよう検討する」と記載したのが最初でした。「設置できるかどうかを検討する」ではなく、「設置できるよう検討する」という表現に、設置を前提とした北海道教育委員会の強い意志が表れているわけです。

 また、平成12年にこのような表現をしたということは、この数年前から検討がなされていたことになります。実際には平成19年の開校ですから、この学校は、要は10年間の準備を経て開校したということになるわけです。この間、わたしは中等教育学校の設立準備における3つのステージに関わってきましたけれども、しかしながら、もっとたくさんの大先輩が先の準備過程に関わっていらっしゃるわけでありますから、学校づくりを進める中では、そういった方々の強い想いもしっかりと受け止めなければいけないと絶えず肝に銘じていたつもりです。

 設置の目的は、選択幅の拡大や生徒一人一人の個性を一層重視するといった一般論もありましたけれども、全道的に義務教育の教員を集めるという作業が関わってきますから、前期課程の教員である中学校の先生も後期課程の教員である高校の先生もこの学校でしっかり育ってもらい、その後異動して全道の学校で実践してもらいたいという思い、すなわち生徒を育てる側面と先生を育てる側面を持っているのがこの学校の役割だと考えておりました。

 

 さて、わたしはこの学校の設立の3つの段階に関わったと言いましたが、最初は平成14年度の本庁政策室時代の財政対応の仕事でありました。2度目は平成17年度本庁高校教育課中等教育学校グループの主幹という立場、そして3度目は平成18年度開校準備事務室での対応を経て平成19年度の開校に至ったわけです。これからは、それらの場面ごとに裏話なども交えながら紹介していきたいと思います。

 

 まず平成13年度、14年度の政策室時代の話であります。このときの他の思い出深い仕事としては、平成15年度からの民間人校長の登用を控えて、先進的な導入県であった広島県へ視察に行って報告書をまとめたことなどが挙げられます。また、ここで行っていた新しいタイプの学校づくりに関する仕事では、総合学科の設置や全日制普通科単位制の導入といったこともありました。全日制への単位制の導入については、設置の基準策定に関わっております。そのスタンスは、郡部においては、再編統合を見据えた導入であり、都市部においては、その管内、地域の2番手校ないし2番手校的な学校に導入するというものです。具体的には、郡部の学校としては砂川高校と江差高校、都市部としては釧路江南高校と札幌手稲高校の各2校でありました。これらの学校について、当時の校長先生や教頭先生と協議を進めながら、平成16年度・17年度の導入に向けて準備を進めていったわけです。

 平成14年度の大きなもう一つの仕事が、中等教育学校の設立準備でありました。財政対応だったと先ほど申しましたが、要するに北海道の財政課へ出向き、当時の計画では42億円という金額で中等教育学校を作りたいのでその予算を措置してほしいということを交渉する担当者だったということです。今ほどではありませんが、当時も北海道の財政は非常に厳しい状況に変わりはなく、最初はこちらの話にまともに付き合ってくれるような状況ではありませんでした。この仕事は、事前準備に約3ヶ月、実際の財政対応は延べ9回で2ヶ月掛かりましたので、その後のまとめなども入れますと、およそ半年間の仕事となりました。ほとんど寝る時間を削っての厳しい仕事でしたね。また北海道での初めての学校ということもあり、道議会での対応にも神経を使いました。

 さて財政対応の話に戻りますが、構想としては、学校規模が2間口、教育の柱が英語を中心とした国際理解教育、また定員の20%を寄宿舎生として募集とするというものでした。これを財政課に話したところ、そんな計画は中途半端だと一蹴するんです。宮崎県五ヶ瀬中等教育学校を見てみろ、あそこは1間口で全寮制だ、それぐらいの気概があなたのペーパーからは感じられないというのです。しまいには、北海道教育委員会の持ってくる計画はどれもこれも中途半端で本気でやる気があるのかと言われる始末です。これにハイそうですかというわけには勿論いきません。そこでいろいろと説明するわけですね。例えば、五ヶ瀬中等教育学校のような1間口校では、一般的には弾力的な教育課程の編成が不可能であり、それができているのは県独自で十数名の加配教員を措置しているからであることや、国からの特別の支援があることなどを資料を使って説明するのです。登別明日中等教育学校の学校規模を2間口にすることは、要は4間口規模の高校と同じような標準法による教員数の配置がなされるわけであり、結果的に弾力的な教育課程の編成が可能となる最低ラインの教員数を確保することができるなど、財政的に厳しい北海道の状況を考えた上でのベストな選択であると丁寧に説明をしました。そんなこんなで少しずつ折り合いをつけていくわけですね。

 もう一つ、気を使った例をあげますと、寄宿舎設置の問題です。かねがね北海道教育委員会は家庭教育の重視を強調しておりましたので、中等教育学校に寄宿舎を設置した場合、特に義務教育の段階ではこの精神に抵触するのではないかという意見が上がっていたのです。また、一方で、本道で1校の設置ですので、全ての児童生徒に受験機会を与えなければならないという問題もあります。これらへの対応としては、「本道1校のため全道枠を設け寄宿舎も設置するが、家庭教育の大切さも認識してその規模は大きなものとはせず、家庭と十分連携を図ることのできる範囲とし、受け入れ態勢を整備する」という表現でまとめました。そして、通学時間から通学生なのか寄宿舎生なのかを判断することとしたわけです。

 最終的には、9回目の財政対応が終わった時に財政課の担当官が、「大山さん分かりました、上司と相談するので2週間程時間をください。2週間後に結果を連絡します」と言ってくれたわけです。そして約束の2週間が過ぎたある日、その担当官から、今夕結果を伝えに政策室に出向くので待っていてほしいとの連絡を受けました。約束の時間に上司とわたしが待っている政策室へ担当官が来訪し、中等教育学校設置の計画を認めると回答してくれたのです。お礼を述べ自席に戻りましたら涙がポロポロこぼれてきました。まさか、このようなデスクワークで涙が出るとは思ってもおりませんでした。それだけわたしにとっては辛い仕事だったと言えると思います。その時の泣いている姿を斜め向かいの後輩に見られてしまい恥ずかしく思いましたが今となってはよい思い出です。

 その後、部署が変わり、翌15年度は生徒指導の担当、16年度は胆振教育局勤務となりまして、自分は中等教育学校とはすっかり縁が切れたなと思っていたのですが、17年度本庁高校教育課に中等教育学校グループを設置することになり、そこの主幹として赴任するように命ぜられたわけです。わたしにとっては意外な人事で驚いたのですが、その時、ひょっとしたらこのまま翌年には中等学校教育開設準備室へ異動となり、その後校長として学校づくりをすることになるのではないかと思ったわけです。実際にそうなったのですが、こんなことになるんだったらイマージョンプログラムみたいな面倒なことは止めておけばよかったと思った次第です。まあ、今のは余談ですが・・・(笑)

 

 さて、それまでの準備段階である最初のステージでは財政対応や道議会対策といった内部のための作業が中心でしたが、2つ目のステージである本庁高校教育課での勤務は、北海道教育委員会が初めて設置する道立中等教育学校を外部の方々へ広報するという仕事が中心となります。中等教育学校の基本構想である学校規模や設置場所、また教育課程の柱や教育活動の概要等について正式に発表していきました。校名を決定したり、リーフレットを作成して全道14支庁管内をまわって説明会を開いたのもこの年でありました。加えて、道内では初めてのタイプの学校でしたので、学則や教務規定などについても、様々な方の協力をいただき、作成整備した年でもありました。

 もう一つの大きな仕事に、冒頭にこの学校の役割として教員の人材育成があるとお話ししましたが、最初の学校を支える教員をどのように集めるかということがありました。その方策として、全道で初めて教員の公募制導入を決定したのもこの年でした。実際に翌18年度からこの制度を使って教員の公募を行いましたが、その運用はなかなか難しいものだということが分かりました。特に各教科をバランスよく集めることは難しいですね。どうしても偏りが出て来てしまう。また、公募の中には、現在の職場の人間関係が行き詰まっているため心機一転を図りたい、健康に不安があるので空気のよいところで勤務したいなどといった本来の目的とは異なる観点で応募してきた先生もおりました。

 またこんなこともありました。ある学校に来て欲しい先生がいたので、校長先生に連絡をし、手を上げていただくようお願いできものかとお願いをしたわけですが、「大山さん、あなたが欲しい人材は本校にとっても必要な人材なんだよ」と切り返されるのです。そうですよね、自分がその校長先生の立場なら同じことを言うと思います。人材は溢れているわけではないんですね。わたしも最後には、校長先生に事前に告げずに先生にダイレクトに連絡を取って応募を勧めるなど、やや強引な手段に走ったりしました。もちろん、公募ですから、受かるかどうかは分からないということが前提なんですが、とにかく、手を上げなければ受かるチャンスもないと言うことです。これは、当然いやがられるやり方でありまして、わたしはあの当時全道で一番校長先生方から嫌われていたのではないかと思います。ただ背に腹は代えられなかったですし、それだけの覚悟を持ってやってもおりました。

 

 校名もこの年に決めました。全道24市町村から119点の応募がありました。カルルス中等教育学校、アンドロメダ中等教育学校というのもありましたね。また登別でノーベル賞を取るような子どもを育ててほしいという願いを込めてノーブル別中等教育学校というのもありました(笑)。辛い仕事が多かった中でこれは唯一潤いのある仕事だったですね。

 校名の「明日(あけび)」に関わる話をします。公募の中にあった「明日」が候補の筆頭になっていくのですが、それまでにこの「明日」の表記について徹底的に調べました。校名ですからね、変な意味合いがあると困るんですね。様々な古典にあたりましたが、「明日(あした)」と書いて「あけび」と読ませるものはありませんでした。そこで今度は全国の地名や校名をあたったところ、2ヶ所「明日(あけび)」の地名がありましたね。富山県と愛媛県です。富山県には黒部市宇奈月町明日という地名があるんですね。この「明日」の由来を確認するために、富山大学の民俗学の教授や、地元に代々伝わるお寺の住職に突然電話を掛けて地名の由来を尋ねたりと夢中で調べていきました。そうこうしているうちに、とてもおもしろいことに気づいたのです。それは愛媛県の「明日城(あけびじょう)」の件です。こちらは瀬戸内海の小さな島にあった城跡なんですが、当時、瀬戸内海を荒らした海賊から神社を守るため、四方に城壁が作られたそうで、その北の守りが「明日城」だったんです。この北の守りということにも縁を感じたところでしたが、実はこの後ろに控えている神社がすごいんです。全国に1万程点在する三島神社の総本山にあたる由緒ある社であり、国宝または国宝級の刀剣や甲冑類が多数奉納されております。この神社の名前が何と大山神社というのです。正式には大山祇(おおやまづみ)神社というのですけれども、大山神社です。「ああ、明日は大山を守ってくれるんだ」と思ったものでした。本当に不思議な縁を感じましたね。当時の道教委のある幹部の方が、大山の奥さんの名前が「あけみ」だから「あけび」にしたのではないかと冷やかされましたが、純粋に「明日(あした)」と書いて「明日(あけび)」と読むこの表現が、響きにしてもイメージにしても素晴らしいものがあったので校名として採用したのです。

 また平成17年度は真新しいリーフレットを持って全道14支庁管内を行脚し、説明会を行った年でもありました。ただ、説明会では参加者のほとんどが反対勢力の方々ばかりでしたね。この財政難に40億円もかけるなんて間違っているという論法が中心でした。また道内各地が少子化ですから、一人でも多くの子どもたちを地域内で確保したいという状況なわけです。中には町のトップの方が登別明日中等の宣伝を地域ではするなと指示を出したという話なども入ってまいりました。

 全道行脚の結果、設置に反対する方の動きだけが目立ち、登別明日中等教育学校に子どもを入れたいという声が少ないことを実感しました。このままだと入学生が集まらないという強い危機感をわたしたちが持ち始めたわけです。そのため、何かアドバルーンを揚げる必要があると感じたわけです。じゃ、有名人に校歌でも作ってもらおうかという話がここで出て来たのです。誰がいいのかとみんなで話し合いましたよ。とりあえず、できるできないは別として、上げるだけ上げてみようと言うことで、中島みゆきさん、松山千春さん、ドリカムさんや玉置浩二さんなんかも勝手に候補に上げましたね。最終的には入学生の保護者の世代に近い大黒摩季さんに落ち着いたわけです。大黒摩季さんは「熱くなれ」というアトランタオリンピックのテーマ曲となった素晴らしい歌を作っておりまして、あの曲のように夢や愛といったフレーズが出てくるバラード調の校歌を作ってほしいとお願いしたのです。そして、いただいたのが「明日の空に」でした。感動です。また大黒摩季さんは、TV番組に出演するたびに登別明日中等教育学校の宣伝をしてくれたんです。これもありがたかったです。例えば「さんまのまんま」にも出演されて、ほとんどの時間を登別明日中等教育学校の話をしてくれたこともありました。

 

 さて平成18年度は開校準備事務室に仕事場が移りました。場所は現地の登別高校の教室の一室です。ご存知のとおり登別明日中等教育学校は登別高校の跡地に建てられております。その開校準備事務室には当初7名が配置されました。教育職が6名、行政職が1名です。後に行政職が1名増員されましたので計8名の体制になりました。11月以降は、実際の入選業務が中心となりますので、実質的な準備は7〜8ヶ月と言ったところでしょうか。最後の勝負でしたね。

 この年、あるTV番組で某県の中等教育学校の特番が放映されました。その番組には、自分の夢を持って難関大学合格に向けて努力する子どもとその母親の姿が映し出されていました。ただその番組中では、他の子どもたちとの人間的な触れ合いなどは映し出されてはおりませんでした。人と人の関わりが希薄だったのです。

 開校準備事務室の教員がわたしにこう聞いてきました。「リーダー(当時わたしはそう呼ばれていました)、あんな学校をつくるんですか?」と。そこでわたしは、「あくまでも学習指導要領の総則に書かれている調和(バランス)を大事にしようよ」と答えました。生きる力、つまりは高い次元で知徳体のバランスを意識した学校づくりを目指そうということです。どこの学校でも同じだと思いますが、登別明日中等教育学校では、真に将来の本道を担う人材の育成を目指そうと思いました。頭でっかちの子どもに本道の将来が担えるかと言うことです。どちらの学校でもこの知徳体といった三角形を意識した教育活動が行われています。学校によってどこに重点を置くかで三角形の形は変わりますが、どこかがゼロになって三角形が直線になることはないはずです。

 この三角形については、先生方にも様々な場面で意識させましたね。登別明日中等教育学校には意欲のある教員がたくさんいましたから、彼らはいろんなことをやりたいとわたしに言ってくるんですよ。しかしわたしは、現状の教育活動で目一杯なんだとよく諭しました。どうしてもそれをやりたいのであれば、何かを減ずる案も持参しなさいとも言いましたね。わたしは、先生方が、そう考えることが学校経営に参画することになると考えていましたから。全体を意識しつつ、部分を見つめる力を持つと言うことです。

 

 つぎに登別明日中等教育学校の特色ある教育活動について触れておきます。国際理解教育がメインですから、学校内では朝からCNNニュースが流れていますし、もちろんALTも常駐しています。イマージョンプログラムを導入しましたしイングリッシュキャンプは開校以来実施しております。また海外への見学旅行を取り入れるなど随所で国際理解を深める教育活動を行ったわけです。海外からの留学生もどんどん受け入れました。道教委や知事部局にもうちに入れてくれるようお話をしたものです。ですから登別明日中等教育学校の子どもたちは留学生に全く違和感を持ちません。子どもたちの生きる力はすごいものがあります。また体験活動を重視しました。外国への短期ホームステイなんかもそうですね。さらに異年齢交流を積極的に行いました。保護者や地域との交流や部活動などがそれに当てはまります。加えて、子どもたちの育成には、本物に触れる教育が効果的です。先程来説明している海外旅行やそこでのホームステイなどもそれに該当しますが、ある時、本物のオペラ歌手に来校願い、その歌声を披露してもらったのです。歌を聴く前には、オペラなんかと言っていた生徒たちが、聴いた後の感想では、10人が10人とも鳥肌が立ったと答えました。これなどはまさしく本物に触れる教育の成果だと思います。知らないことを教えてやること、実際に体験させることが大切だと思います。こんな学校もなくては駄目だと思うのです。

 地域や保護者との連携も様々な場面を通じて行いました。教員の資質向上のために2年に1度は全道レベルの研究会を開催すると決め、平成19年度に第1回を実施しました。全道から200名の人たちが集まりましたね。その研究会の司会等の運営や、受付、案内等全てを保護者にやってもらいました。毎年の学校祭もそうです。わたしは、常々、職員にとにかく地域や保護者と関わってくれと言っておりました。学校は、職員だけではなく、地域や保護者と創りあげるものだと考えておりましたから。

 

 さて平成18年度の開校準備事務室の時に話を戻しますが、この時も学校の広報活動を各地で行うわけですね。この時期でもまだ会場の方々から、なぜ登別に中等教育学校を設置するのか、なぜ札幌や旭川などの大都市部ではないのかといった質問を受けました。しかしわたしは登別のような場所に設置することこそ意味があると考えておりました。若い頃札幌の学校に勤務しておりましたが、札幌のような都市部では地域との関わりはどうしても希薄になってしまいます。地域性が見えて来ないんです。わたしは、道立学校といえども地域なくしては学校は成り立たないものだと考えています。ですから道教委の方針であった地域の中の学校で子どもたちを育てるという趣旨を考えたとき、登別のような地域が適地だと思うのです。

 生徒募集に関わってお話をします。開校準備事務室では、広報活動は10月頃までには終わらせなければなりません。それ以降は進路希望が決定されてしまうからです。その生徒募集の方法ですが、当初は、前期課程と後期課程を同時に3年間募集し、そこで学校を完成させ、その後は前期課程のみを募集するという形を取っておりました。そして、胆振管内では、9・10・11月にそれぞれ中学3年生に進路希望調査をするのですが、その1回目の進路希望調査で、後期課程への志望希望者が定員の0.24倍と報道発表されたのです。3回目なら問題なのですが、これからどのようにでも変わる1回目の調査です。この時に、あるマスコミの方が取材にやってきて、この数字をどう思うかというのです。「まあ、確かに低いですが、まだ1回目の数字ですし、これから変わっていく数字ですよね」と答えたのですが、翌日の全道版に「大山リーダー、ショックを隠せず」と見出しを付けられたのです。全道版の記事でありまして、当然、北海道教育委員会にも伝わり、当時の高校教育課長から「おい大丈夫か?」と電話が入った次第でありました(笑)。

 広報活動は、できることは全てやりました。TVやラジオのコマーシャルを始めとして、胆振管内の小中学校への複数回の訪問や、オープンスクール、学校説明会の開催、その案内を全道の小学6年生と中学3年生全員に配りました。札幌駅前の電光掲示板に広告を流したり全道の私塾総会で講演会を行ったり、また夜に開催される様々な地域でのPTA研修会にも出席をさせていただいたりもしました。ありとあらゆる機会を利用して広報活動を行いました。もうこれ以上のことはできないだろうと思ったほどです。

 最初の前期課程の入選は室蘭栄高校の校舎を間借りして行ったのですが、入選日前日は全道的に大荒れで最悪の日だったんですよ。出願は、結果的には全道各地からあったのですが、中標津空港からの飛行機が飛べず、とりあえず行った釧路空港から1便だけ飛んだ飛行機に乗って間に合った生徒がいたり、新得駅で列車が動かなくなり、代替のバスでかろうじて間に合った生徒がいたりなど、立て続けに奇跡に近いことが起こるんですね。こうしてはらはらひやひやの前期課程最初の入選が無事終了したのです。

 

 生徒が揃い、スタッフが揃い、1年目がスタートしたのです。この年は、全国から100組500名の視察者がありました。ここでもいろんなエピソードがあります。また、札幌のマスコミ関係者が訪れ、その感想で、これと全く同じ学校を札幌に建てたとしたら、間違いなく入選倍率は2桁になると言っておりました。よくぞまあ、ここまで来たなと言うのが、そのときのわたしの実感でした。わたしは非常に情に脆いところがあります。小さな学校ですから職員は子どもであり生徒は孫のようなつもりでおりました。酒が好きなものですから職員はよくわたしの家に来て飲みながらいろいろな話をしたものです。楽しい年月でした。

 

 最後に2つだけお話をしていきます。

 一つは、わたしの学校づくりの基本的なスタンスです。たくさんあるのですが、例えば、全道に1つしかない中等教育学校ですから特色化を図る観点から、既成概念をどれだけ打破できるのかということも、強く意識して学校づくりを進めましたし、前にお話ししましたが、高い次元でのバランスと本物に触れる教育の実践も強く意識しました。また、自分の子どもを入れたいと思う学校を創ろうと、スタッフと話して来ました。いろいろあるんですが、レジュメのサブタイトルに「愛あふれる北の大地で夢をもつ人を育む」とあるように、愛とか夢とかを大事にしたいというスタンスを強く持っておりました。

 辻会長が3・11の話を開講式でしておりましたが、それにも関わるのですが、平成23年9月9日の内外教育に、愛知教育大学の松田学長さんの「東日本大震災と教員魂」というエッセイが載っておりました。ここには被災地域の小学校1年生の担任の先生からの手紙が紹介されていたのです。

 「地震直後、低学年の児童を校庭に集め、揺れが収まるのを待って校舎の3階に避難させ、それからその子どもたちとそこへ避難して来た一般の方々と寒い夜をどう過ごし、その後の避難生活において教員はどのような役割を果たしたのか。地域の方々は取り乱し不安だけを口にすることはあったが、その際には教職員は取り乱してはいけない。非常時だからこそ学校は子どもたちに夢を与え希望を語らなければならない。教職員が笑顔を絶やしてはいけない。」と、それは、死力を尽くした教員の対応振りが綴られたものでした。

 教育とは、との問い掛けに、「未来への遺産」と答えた方がおります。政治が不安定であり、経済も困難な時期だからこそ、まさに夢だとか希望だとか愛だとかを教員が語り続けなければいけないと思います。学校が語らなければ誰が語るのかということです。

 

 そして、最後に、わたしの妻の話をいたします。このような話をすると言うことは、わたしも年を取ってきたと言うことだと思います。我が家では、職場の話を家庭内ですることはありません。皆さんと同じような一般的な家庭だと思います。ただ、その妻が登別明日中等教育学校に関わり、2度だけ口を開いたことがありました。

 1度目は、先ほどお話しした登別明日中等教育学校の志望者数の最初の数字0.24倍が出た時でした。たまたま札幌の自宅に帰っていて、子どもたち3人と妻とで夕食を摂っていたのです。その記事を見ていた妻が一言「これからなんでしょう」と問いかけてきたのです。わたしは一瞬にして激情し「俺の仕事に口を出すな」と怒鳴り付けました。不安は毎日でした。生徒が集まるのか、特に寄宿舎はどうか、小学校を卒業したばかりの女の子を保護者は手放すだろうか、前・後期2回の入選はうまくいくのか等々、たくさんの不安の中、恐らくあの時がわたし自身のナーバスの最高潮だったと思います。

 もう一つの場面です。登別明日中等教育学校での校長職2年間を終え、いよいよ新たな赴任地である釧路へ出発するというその前夜、わたしの自宅へ後藤教頭夫妻がお別れの挨拶に来てくれたのです。「いやー校長、4年間楽しく仕事をさせてもらいました。また一緒にやりたいです、機会があれば呼んでください。」などと明るく、たわいのない楽しい感じの話をしていた時でした。妻がやおら跪いて、「後藤教頭先生、長い間主人を支えてくださって本当にありがとうございました。」と涙ながらに挨拶したのです。明るい雰囲気が一変です。恥ずかしい話ですが、このとき、初めて妻も学校づくりをしていたのだと言うことを知りました。

 今、色々と考えて見て、わたしが言いたいのは、わたしを初代校長にしてくださり、そのお陰で色々なところから声をかけられるようになったこと自体は大変有り難いことでありますが、初代校長は一人しかなれませんが、学校づくりは一人ではできないと言うことです。家族も含めて、上司、同僚、部下等々様々な方々の支えがあって初めて学校が創られるということを、この場で改めて皆さんと共有したいと思います。

 わたしの尊敬する方が話された言葉に「政治、経済は、その時の人々の生活のみを変えるものだが、教育は、人の心、つまり国家そのものを変えるもの、よって最重要課題」というものがあります。その最重要課題に関わることのできる喜びを皆さんと分かち合いたいと思います。

 それでは最後に登別明日中等教育学校の校歌を聴いていただいて終わりにいたします。有り難うございました。

  

 

 

 

 特別講演(神谷 奈保子 前北海道教育委員会委員長)

 

 ◇テーマ:「北海道の高校教育への期待と展望−学習する力から学問する力へ−」

 

 

 

 皆様、あけましておめでとうございます。そして、寒中お見舞い申し上げます。ただ今、辻会長からご丁寧なご紹介をいただきまして誠にありがとうございます。

本日、このように冬期フォーラムに伺うことができまして、本当にありがたく嬉しい思いでいっぱいでございます。今回は女性の方々の出席も大変多くいらっしゃるということで、いろいろな意味で非常に新しい時代に相応しいフォーラムになるのではないかと期待しております。

 

わたくしは、1時間のお時間をいただいたのですけれども、教育の中でも特にこれからの時代を担っていく高校生のお子さんたちに、力を付けていく中で殊に実現していただきたいことを皆様にお話しさせていただきます。

午前中は大山節夫北海道立教育研究所副所長様の基調講演がございましたが、そのお話しの中にも、本日皆様にわたくしが聞いていただきたいと思っておりますことと重なっている部分が非常に多いと感じておりました。

 冬期フォーラム研究紀要の中にも、この講演のエッセンスであるパワーポイント資料を掲載していただきました。ご活用いただけると幸いです。 

講演題で「北海道の高校教育への期待と展望」と大きく謳わせていただいておりますが、わたくしは教育委員会に関わってお仕事をさせていただくと同時に、大学におきましては国語、国文学を指導してまいりました。札幌医科大学や北海道大学では、文系の学生の方々よりも、医療に関わって学ぶ学生の方々に表現一般についてお話する機会が非常に多くございます。その中で考えることがございまして、「学習する力から学問する力へ」という副題にもありますけれども、学生の皆さんは、正直申し上げて、受験勉強あるいは自分自身のトレーニングとしての学習については、非常に熱心に取り組まれて大学に進んできていることがはっきり分かるのです。

けれども、自分自身が人間としてこれからどのような専攻つまりメイジャーを持って、この時代の中で、この国の中で、あるいは北海道の中でどのように生きていくのか、そのために何を学んでいくのかという点で拝見しておりますと、大学1年生といえば高校から入ったばかりでなかなか難しいこともあるのでしょうが、数年経っても到達点まで行けない方も正直見受けられるのです。

それはわたくし自身の思いだけではありません。大学の先生方とお話をする機会があるのですが、どうしてでしょうと申し上げると、これは時代の影響もあるが、自分自身が勉強に向かう時のスタンスの問題が相当に大きいねということが共通の話題になってまいります。このようなモチベーションだったり、あるいは自分への動機付けだったりする「学ぶ力」を、「学問」に当たります“learning”に結びつけていくことが非常に大切ではないかと考えています。

今回も日頃から教育に関わり素晴らしいお仕事をなさってらっしゃる皆様方に、このようなお話を申し上げるのもナイーブ過ぎて失礼かとも思うのですが、「いや確かにそういうこともあるかもしれないね、」と心に留めていただければ大変うれしく存じます。

 それでは早速ですが、資料を整理してまいりましたので、こちらの方をご覧いただきながらお聞きいただきたいと思います。

 今お話しいたしました「学習」や「学問」というような言葉、これは様々な辞書を紐解きますと、「学習」とは、自主的で主体的な学びの成果を獲得することであり、英語でいえば、“study”にあたります。一方「学問」とは、教えられて学ぶのではなく、自ら問うて意欲的に学ぶ過程を表現する、“learning”になると思います。現実には、この二つのことばの間の距離が非常に大きいと感じております。

「学習」の場合、何度も何度も同じことをくり返しながら、自分自身でその成果を獲得していくところまでは、義務教育や高校教育の中で十分に果たされていくと思っております。しかし、それを「学問」として、自ら意欲的に獲得していく過程と捉えて“learning”として考えてみますと、教える側も相当に意識しながら子どもたちに獲得させていくべき力だと考えております。

 これに関しましては、いくつかの柱を立てて皆様にお聞きいただきたいと思っておりますが、まずご紹介したいのが、高谷 修氏という方です。北海道は瀬棚郡北檜山町のご出身でして、現在は奈良県や京都府の看護学校や医療センターにおきまして、文章表現の講義をおこなっていらっしゃる方です。5歳の時に重症筋無力症を発症され、ご自身が患者として長期にわたって病院で闘病生活を送っておられました。

皆様の中にご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、高谷 修氏は文章表現の講義で、例えばケーススタディーや看護記録といったものの具体的な書き方について指導をなさっています。その中で、書くことが得意か不得意かということだけではなく、その中に看護者としての思いをどれだけ反映させているかを一つの観点として指導なさっているそうです。そういう中には、「学んで問う」「問うて学ぶ」、いわゆるフィードバックの双方向性ですね。一方通行での講義ということではなく、添削も含めて教えられる者がその先生たる方に問い掛けて、また自分自身から学ぶということもあります。先生が生徒から教わることもあることになります。そのような双方向性の連関がとても大事だと高谷 修氏が多くのテキストの中に書いていらっしゃいました。

もう一つわたくしが非常に刺激を受けたことは、書くことは考える力になったこと、それから、学ぶことと教えることにも強く関わっているということです。わたくしたちは、思いが溢れすぎて言葉に出しづらいといったことを経験するわけですが、それはそれだけで留まってしまうものですね。この、言葉で伝えるために単語を選んで発話したり、書いたりすることが非常に重要だと思うのです。その中にあって、特に物事を書くことが、思考力いわゆる論理的な思考を保証していくことになりますし、学びを主体的に考える時には、その方は教育者として素晴らしい立脚点を持っていることになります。高谷修先生は、非常に謙虚な方なので、「書ける・学ぶ」の繰り返しによって、初めて自分も教える立場になれたとおっしゃっていますけれども、これはわたくしたちにも、これからずっと考えていくべきキーワードになると思います。

それから自分自身で行う学びとは、例えば添削を受けたり、指導を受けて口頭で注意されたり、教えてもらったことを自分自身でもう一度定着させていくという意味で、「自分の思考指導」だとおっしゃっています。

特に高等学校におきましては、多くの科目をとおして学習していくわけですが、そこから本当の学問的な意味をどれだけ掴んでいけるかが大切であり、上記の3点を科目指導の中に反映させていただければと思っております。

その中で具体的にお聞きいただきたいのが、常用漢字改定についてでございます。ご存知のように平成22年(2010年)度におきまして、非常に大幅な常用漢字改定が行われたわけです。漢字というのは、日本語におきまして書く行為に高い意識づけをするものだと思います。具体的に申し上げますが、一つには、常用漢字そのものが191字増えたことがございます。196字を足して5字を減らしたということです。減った5字とは「勺」「錘」「銑」「脹」「匁」です。1946年に当用漢字表が告示され、1981年に常用漢字1945字が定められました。それ以来の大きな見直しになるわけですが、おさえておかなければならないことは、漢字数の変遷でございます。「教育漢字」が1006字、そこから積み重なって今日「常用漢字」が2136字、それから「教養漢字」がさらにそこに加わってきます。教養漢字1020字まで加えれば3000字弱となるわけですけれども、この漢字にさらに日本工業規格JISの規格の中の情報交換用漢字符号系を合わせますと、もっともっと多くなります。6000字近くなってくるわけです。

医療関係ですと、常用漢字以上の漢字が書けて・読めることが望まれるわけですけれども、今日、義務教育や高等学校教育におきましては、常用漢字の範囲内で読めること・書けることが指導されてきたと考えております。しかしながら、情報交換、インターネットサイトにおける頻出漢字であったり、書けないけれども読めてほしいと思う漢字が相当数増えてきたわけです。昨年度の答申が出るまでの間に、文化審議会の国語分科会におきまして、多くの意見を集約しながら、漢字数を先ほどのように増やしていくことを決定したわけですが、例えば「憂鬱」のように書きにくい、または書けないけれども、読むまではクリアしてほしいものが初めて入ってきたということになります。

実は、日本語をグローバルに考えた時に、漢字にこだわっていると日本語が滅びるよという意見が一方ではございますね。ですけれども、教育の中にありましては、やはりこの漢字をきちんと書けて・読めて、しかも美しい字体で人を感動させるような書き方を行えるということは、日本の子どもたちにとても重要なことであるとわたくしは思います。ですから、これが今後どのような論議になってくるか、国際化の波の中でなかなか難しい点はあるとは思いますけれども、常用漢字がこのように増えてきたことは、やはり子どもたちに対して一つの「学問」への動機づけという漢字の役割を見直すことになるのではないかと思っております。漢字を読み書きする能力は、単に論理性を養うだけではなく、ひらがなも漢字もよく書けて、読めて、他人の書いたものも丁寧に読解することができる力となります。その能力が、後ほど述べます「学問力」に重なっていくということでございます。

二つ目の柱として、コミュニケーション力を挙げさせていただきます。先ほど申し上げましたように、「学問する力」は反復学習が基本ですから、到達できるように教えるこちらとしても、よく指導していくことになります。同時に、自分自身がかけがえのない存在であると自己省察できる能力にも大きな影響を与えることになります。

人間関係の中においては、このコミュニケーション力が重要な位置を占めています。学童期いわゆる「ホモ・ディスケンス」から青少年期にかけまして、コミュニケーション力に大事なことは、意味を伝えることと感情を伝えること、この二つでございます。意味と感情を解読して伝達できることは、齋藤 孝氏がおっしゃったように、教育学の中でも座標軸を設定しまして、プラスマイナスで考えることがよくございます。つまりX軸に感情、Y軸に意味と置いた時に両方ともプラスになっているのをAゾーン、両方ともマイナスになっているのをDゾーンとすると、片方ずつマイナスになっているのがBC各ゾーンとなるわけです。そのような時に、両方とも意味プラスのAゾーンが、理想的な好ましいコミュニケーション能力となります。そうではなくて、意味だけを伝える「意味プラスで感情マイナス Bゾーン」は、例えば会議などで情報や考え方を伝える場面、感情的なことが表立って出てくる場面ではないので、そのような会議をイメージしていただけるといいと思います。もう一方の、「意味マイナス感情プラスCゾーン」は、例えば家族や恋人同士の間で、どうでもいい話でもわっと盛り上がれるとか、何も言わないけれどもニコニコ顔を見合って幸せな雰囲気に浸っているなどの場面、意味そのものは客観的に見えない場面になります。Dゾーンとなりますと、完全な絶交状態いわゆる戦争状態になってしまって、両方とも交換する意欲もモチベーションもないことになります。皆様には是非、両方プラスを心掛けていただきたいと思います。

これはいろいろな場面で望まれているのです。特に学校の中で一人ひとりの子どもたちのために、学びを指導していくわけですけれども、その中にあっては、その子一人ひとりの感情、つまり人としてもう一つ持っている大事な側面に視点を向けて、初めて両方の良さが1+1=2以上になってくると考えています。認知心理学でもそうですが、1+1=2ではなくそれ以上になるということでございます。特に子どもたちの成長は、そのような要因が大きいと思っております。

さて、北海道教育委員会におきまして任期満了により教育委員長を退任までの間に、教育行政に関わらせていただきました。学力・生活習慣・体力に関しまして、本当に多くの方々が汗をかかれて、子どもたちのために、それぞれのお立場で努力なさっているところを充分に拝見させていただいたと思っております。そして、わたくしもそのことを糧として、今後も自分なりの努力を継続していきたいと考えております。「知・徳・体」この3つが常にわたくしの頭の中にございます。よく学び、そして人間としての徳に集約されるようなヒューマニティー、そういうものをきちっと得ることができて、それから体力も十分に養うことができる。このような子どもたち一人ひとりの育ちから、初めて将来の夢と希望が実現できる方法が見えてくると思うのですね。それから「北海道教育推進計画」にありますように、「生きる力」とは、まさに「努力と勇気」の象徴でございますね。これもまた、将来の夢と希望への歩みをしるし付けるものであります。文部科学省からの通知等でも必ずこのメッセージは入ってくるわけですけれども、こちらもこれをきちんと読解しながら、毎日の生活の中で、教育の大切さを確認しあうことが大切であると思います。そして、自立のための基礎力としての「生きる力」、これが先ほどから申し上げている「学問する力」になるわけですから、生きることそのものに学問は関わっているんだということを子どもたちに伝え続けたいと思っております。

学校においては、生徒指導や学習指導など多くの場面があるわけですけれども、先生方にも是非このことをお考えいただきたいと望んでおります。

さて新学習指導要領は、ご存知のとおり小学校・中学校、高等学校と暫時全面実施になっていますが、加えて幼稚園や特別支援学校におきましても「生きる力を育むこと、子どもたちの未来を考えること」について、文部科学省からの指導が浸透しております。新学習指導要領においては、多くの変更点や改定点があるわけですが、これらについては、それぞれに先生方が心を砕いていらっしゃることでございますので、あまり多く語ることはございませんが、例えば「総合的な学習の時間」が削減されることや、英語教育に関しまして「コミュニケーション英語T・U・V」と統合されること、「伝統文化」に関わって、良き伝統文化の表れとして古文や文化遺産についての教育の推進がございます。

しかし、わたくしが思いますに総合的な学習の時間、英語、伝統文化に関しても、それぞれの中で「学問する力」を実現化していくことに間違いありません。やはり、その中身が大切ですね。子どもたちにこれを学ばせることによって将来のことをきちんと考えられて、またそのことが社会化されて、次世代にあなたたちが伝えていくのだというところまで持っていけるかどうかが、肝要であると思うわけでございます。折しも今回のフォーラムの中で、「ポスト3・11」のわたくしたちが、日本を今後どのような方向に持っていくことができるのか、それは子どもたちの教育にも大きく関わっていますし、ずっと長期にわたって皆様と一緒に考えていかなければならないと思っております。今回の指導要領の改定に関しては、よくよく考えた上で、学校教育の中で推進していくべきであろうと思っております。

わたくしは教育委員長として、北海道各管内の小学校、中学校、高等学校、特別支援学校、もちろん登別明日中等教育学校の視察をさせていただきました。そのように各管内で多くの先生、そして一人ひとりの子どもたちと出会った時にですね、この子どもたちの将来に一つでも多くの幸せがあってほしいとつくづく思いました。そして、自分が何をもたらすことができるのかを考える時に、「『生きる力』を育むために必要な『学問する力』」、「『学習する力』から『学問する力』へ」、「双方向性をかなえられる高等学校教育の可能性」、「論理的思考と文章能力を育成する意義」の4点が、きまって表出するのでございます。大学生たちには、卒業までの間にできるだけ早く、学問する自分たちの考え方や生き方について意識を高めてほしいと申し上げております。それと同時に、「教わることは自分が教えることなんだよ」と、また「先生方の言葉を聞き漏らさずしっかりと噛み締めてほしい」とも申しております。確かに、一人ひとり個性があり、子どもたちによって定着度に違いがございます。ですけれども後になってそのことが大きな影響を与えてくれることもございます。特に論理的思考と文章表現能力は、子どもたちに絶対に必要な大切な能力だということを根気よく追究してまいりたいと思います。

わたくし自身のことを申しますと、雑学的なことが好きだったり、好奇心が旺盛だったりした子供時代でございました。自然の懐に抱かれて、鞄を放り投げて真っ暗になるまで遊び回っていることが多い子ども時代だったのです。それから中学生、高校生になりまして、勉強は、ノートをとるとか先生の話を聞くことはそれなりに努力いたしましたけれども、なかなか定着せずその時きりになってしまいまして、優等生のようにきちんとできなかったんじゃないかと自分では反省しきりです。しかし逆にそういうことがある自分だからこそ、いろいろな個性を持っていても、未だそこが開かれていない子どもたちに向かい合って、知らず知らず共有できる感覚があるような気がいたします。そうすると、そういう子どもたちに、1年後、10年後あるいは20年後、勉強を続けてきてよかったと感じる、その瞬間が必ず来るよと申す時に説得力があるのではないかという気がいたします。そういう中で、この論理的思考である文章表現能力は、文系理系を問わず、「学んで学問をする」ということに結び付けていく時に大切な力になるので、各教育機関において、あらゆる場面で意識的に指導していただきたいと考えております。

先ほど申し上げた「北海道教育推進計画」に戻らせていただきます。この中に基本目標の「社会で活きる実践的な力の育成」、その基本方向1として「生きる知恵につながる確かな学力を育み、自立した生き方を支える教育の推進」があります。この「生きる知恵」、あるいは「確かな学力」、そして「自立した生き方」、これらの言葉こそがこれから実施していく大事なことではないかと思います。教育行政におきましては、言葉が計画として盛り込まれていきますが、施策項目も含めまして、本当に多くの言葉の中から選んで、厳選した形で、施策項目・目標・方法というものを定めていかれるわけでございます。わたくしはそのような教育行政の現場におりまして、事務方の皆様が大変な熱意を持って作成していらっしゃることがよく分かりましたし、それらの施策を日常の社会の中でぜひとも活かしたいと思うものですから、自分なりの解釈でお話しを申し上げているわけです。この中にある「確かな学力の向上をめざす教育の推進」や「コミュニケーション能力を育む教育の推進」は、学問的意味や策定者の思いの両方があって初めて推進されるものであるとご理解いただけますと幸いです。

基本方向2の「社会の変化に対応し、新しい時代を切り拓く力を育む教育の推進」に関連して、先ほどの学習指導要領と関わるところだけを触れておきますと、「ふるさと教育」「国際理解教育」「理科・数学教育」「情報教育」「キャリア教育」、そして「産業教育」「環境教育」「高等教育」となります。これらにつきましては、社会の変化に対応するために、それぞれ学校の中で校長先生をトップとして、皆さまでお考えいただいていることと思っております。これらを、子どもたち一人ひとりが勉強して学んで、そこから、自分の中で、人間的成長の中で、どこまで定着させることができるのか、そこが何より大切だと感じているものですから、あえて挙げさせていただきました。

最後になりますが、わたくしに、北海道の高校教育に期待と展望をということで、このように申し上げる機会をいただきましたことに、本当に感謝いたしております。わたくしにとりましては、神谷美恵子氏の「こころの旅」という言葉は座右の銘となっております。同じ神谷(かみや)という名字で、これもまた嬉しいことだと結婚して思ったわけですが、神谷美恵子氏の『こころの旅』という本が出されてもうすでに35年以上が経過しております。神谷美恵子氏はこの本を出した後に、医療者として教育者として活躍なさいましたが、過労も重なりまして、心臓の病気で亡くなられました。お生まれになってからもう少しで100年になるわけでございます。この本の中に出てくるのですが、人間とは、人間になるために「こころの旅」を行なっている存在なのです。わたくしは、この表現を初めて読んだ時に心を打たれたのです。医療者として、特に精神医学に関わり、翻訳や多くの医療的成果を挙げられた神谷美恵子氏ですが、そのような素晴らしい研究者が最終的な段階で、この本を著した時に、こんなにも平明で美しい言葉で書かれたのかと、わたくしは感じ入りました。特にこの「こころの旅をする人間」という表現は、次の世代になっても、皆様に是非知っていただきたいと思っております。わたくしは、人は人生観というものを得ていくために、「学問する力」を敷衍して初めて人間の存在を「こころの旅」と捉えられるようになっていくのではないかと思ったのです。そして先ほどから述べさせていただいておりますが、「学問する力」を養うことがイコール「生きる力」を育んでいくことになると思ったのです。

神谷美恵子氏の『こころの旅』をご紹介して、この講演を終了いたします。この本は全10章から成り立っています。目次としまして、第1章が「人生の出発」、お腹の中で生を受ける受胎の瞬間から始まっています。第2章が「人間らしさの獲得」、新生児から赤ちゃんへの乳児期です。第3章は「三つ子の魂」、三歳時までに学ぶべきことが非常に大きいということを医療者としての立場からおっしゃっています。そして第4章は、「ホモ・ディスエンス」です。学童期ですので、小学校の高学年までの間に、人として「生きる力」の芽が大きく育っていくことが大事だと述べられています。そして、第5章が「人間性の開花」、第6章が「生の本番への関所」について述べられています。

この2章の中では、対象が少年・少女から、青少年・若者になりますが、項目の中で、「青年学」ということと「職業選択の大切さ」が書かれているのです。この後、第7章は「働き盛り」、20代から30代、40代から50代はそれぞれに働き盛りではありますが、心と身体に関所があり、それをどう乗り越えていくかを論述されています。第8章は「人生の秋」、60代から70代になって自分自身が人生観をはっきりと持てるような状態で、どのように自分の心と身体を見つめていくかということですね。第9章が「病について」、第10章が「旅の終わり」です。わたくしたちは老いて病を得て、そして死に至る。しかし、その瞬間まで人は人としてこころの旅を全うしていく存在だということでございます。

その中にあって、第5章から第6章は、人生の季節でも、春から夏にかけての大切で輝かしい時期にあたります。そこには「自意識」「反抗と憎悪」ということについて書かれましたが、これらの内容から読み取られることは、一人ひとりの子どもたちや若人に対して非常に厳しくも優しく温かい眼差しを向けるということです。神谷美恵子氏は、この自意識について、子どもたちがともすればナルシシズムに浸っているように見えたり、大人には理解しがたいような外見だったり考え方だったりしても、それが自意識との対峙、すなわち戦いの中にあることの表れなのだと明言されています。そして、そこで初めて心が自意識に対峙することで、「こころの飛躍」と「こころの友」が得られるのだとおっしゃっています。同じように「反抗と憎悪」についても、子どもたちが「価値観や世界観」をしっかり持っていくためには、ここの部分がなければ、人としてはかえって難しい状況が生まれるということを述べていらっしゃいます。

それから「職業の選択」では、アルバイトをすることや恋する心や配偶者の選択、青年と親との関係、新しい環境についての記述がございます。ここにおいても「回り道けっこういいじゃないか」ということが、実はこの章の大事な要素となっています。アルバイトばかりして、なかなか定職を得られないというマイナス思考になることがあるのだけれども、そうではなくて、いろんな道というものに入っては戻る、この繰り返しからその人は大切なものを得ているのだということが第6章に出てくるのですね。そういう回り道をする中で、人間とは恋することもあり、何事かを成就する時もあり、全てを失ってしまって本当に落ち込むこともあるのですが、それもまた大事な体験であるし、健康のことも親との関係も同じだと書いていらっしゃいます。そのような意味で、特に第5章と第6章を詳しく紹介させていただきました。

皆様、自立して「生きる力」を身に付けるために、学びの途上にある高校生たちは、「こころの旅」の中で大事な所に差し掛かっております。特に高等学校においては、そのようなことから、一人ひとりの子どもたちの精神に働き掛けられるような科目設定を行なっていただきたいと望んでおります。今後も研究成果の実現に向けて皆様の研究会をはじめとして、多くの場で論議が交わされると存じますが、本当によろしくお願いいたします。

普段から、私は「近しい時間、遙(はる)けき時間」ということばを申し上げております。子どもたちに対して、目の前にあるテストだったり勉強だったり、これらは大変大事なものですから一生懸命に行いますが、実はその先にある目に見えないもの、そこにわたくしたち大人が、目を向けさせてあげるということが大事だと思います。何もかも全部ということではないのですが、子育てをした経験や、身近な子どもたちを見守る体験を重ねたことから、とても大事なのだと言うことができます。午前中の大山節夫様の講演を拝聴して、愛情も希望も夢もそれぞれの時間の共有によって生まれてくるものだとつくづく感得した次第でございます。

 

余談になりますが、過日に非常に嬉しいことがございました。辻会長に先ほどご紹介していただいたのですが、わたくしは、ひとつの文学賞の選考を行なっております。この賞には、15年間関わらせていただいております。当初から、佳作は何名も出るのですが、大賞というのはなかなか難しいものなんですね。複数の選考委員で合評いたしますから、全員が論議を尽くして意見が一致しないとなかなか大賞はとれないのです。実はこの15年間出ていなかったのですが、このたび60代の方の作品がめでたく大賞を受賞なさったのです。今年の春から月刊誌に連載されるのですが、その方から実は嬉しいリアクションが届いたのです。

その手紙には「この5年間、酷評もあり、こんなこと言われるのかと思うんだけれども、こんなことを言われるのももっともだという思いもあって、5年間頑張ってきて、大賞を貰った時は本当に泣けました、」と書いてありました。小説を書いて、人に読んでもらうことについて、一般的なご職業の方がこれほどの努力をなさったという発見、そういう素晴らしいことに関われたのだという気づきが、お手紙を拝見したわたくしにとって非常に大きかったのです。目には見えなくとも繋がっているとはこういうことなのだと思いましたので、皆様にご紹介をさせていただきました。

本日は、皆様の貴重なお時間を頂戴いたしました。高校教育だけに留まらず、私の多くの思いも含めてお話しをさせていただきました。皆さま、ご清聴いただき誠にありがとうございました。

 

 

 

 

平成22年度冬期フォーラム報告

 

 
    ◇フォーラムテーマ:新学習指導要領と

                キャリア教育の推進について   

                           

   開講式(辻 敏裕 高経研会長)

 

 あけましておめでとうございます。

 高経研が体制を一新し一年が経とうとしております。こ

れまでの高経研と同様にこのように活動を続けてこられた

のも本日ご参会の皆様方のご支援のおかげと感謝申し上げ

ます。

 さて、一昨年の政権交代以来政情不安が続いております。全国学力学習状況調査や教員の免許更新制度の見直しなど教育制度上の諸問題も先行きが不透明なままで、教育政策も迷走している感があります。政府は事業仕分けであらゆる部門において廃止縮小を打ち出し、特に科学技術振興費は大幅に減額されましたが、その後、小惑星探査機「はやぶさ」の帰還や日本人2名のノーベル化学賞受賞など科学技術分野の目覚しい成果を受け、菅総理の指示で来年度の科学技術予算は増額されるようです。こうしたことは喜ばしいことではありますが、少々情けない気がします。日本の将来を築くべき政治家の教育に対する認識がこの程度のものなのか、とその意識の低さに嘆かわしい思いを正直感じました。ここまでは本音でお話をさせていただきました。

 さて、だからこそ私たち現場に立つ教員は、こうしたことに翻弄されることなく崇高な理念と認識の下で教育の着実な推進を図っていかなければならないという気持ちをまた新たにしているところです。本研究会はまさにそうした同志の集まりであり、会員一人ひとりが身近な教育改革の実践を通して本道高等学校教育の改善充実に貢献していると自負しております。

この研究会では、「北海道を元気にする高校教育」を研究主題に掲げており、今年度から「新学習指導要領と高校教育」をテーマに研究活動を進めております。夏のシンポジウムでは、高大接続テスト(仮称)を切り口とした高校教育の質の保証について協議をいたしました。そして今回はキャリア教育を取り上げました。キャリア教育につきましては、平成20年5月の本会の研究例会において高校教育に関わる教育課題の一つとして前田前会長から示されておりまして、平成21年1月の冬期フォーラム研究参考資料『高経研は提言する−北海道を元気にする高校教育−第T部「北海道2030年の未来像と高校教育」』の中で10ページにわたって掲載されております。

 その後に告示された高等学校学習指導要領では初めてキャリア教育の文言が取り上げられました。しかし、小中学校の学習指導要領には全く触れられておりません。これはキャリア教育の概念が学校現場に正しく浸透していない、という理由からだと聞き及んでおります。残念ながら高経研においてもキャリア教育を先進的に取り上げてきたにもかかわらず、会員全員に正しく伝わっていないのではないかと危惧しているところから、今回改めてキャリア教育をテーマとして取り上げたものです。ただ、キャリア教育の推進は現在の高等学校教育の重要な部分を占めておりますが、個人的には大上段に構えて向き合うほどのものではないと考えております。正しく認識し、きちんと計画さえしていれば通常の教育活動を継続する中で培うことのできるものだと思います。本日は文部科学省においてキャリア教育の推進をご担当されております藤田晃之先生にお越し頂いております。ご講演ご助言等頂く中で、ご参加の皆様には本道高等学校のキャリア教育推進の理解を深めるとともに実践者としての姿勢を新たにしていただきたいと考えております。

 さて折角の機会ですので、皆様に情報提供をしたいと思います。夏期シンポジウムで佐々木隆生北海道大学政策大学院特任教授に高大接続テスト(仮称)についてご講演をして頂きましたが、その後のシンポジウムの中でも白熱した議論が展開されました。佐々木先生曰く「やせ衰える大学教育と底の抜けた高校教育をいかに改善するか」を柱として熱く語って頂きましたが、本会といたしてもこの高大接続テスト(仮称)や高大接続といったテーマを引き続き研究していくこととしております。このことに関わり最近、大学入試センター入学者選抜研究機構長である荒井克弘氏の講演を聴く機会がありました。「高等学校と大学との連携について−高大接続テスト(仮称)が提起したもの−」という題でありましたが、その中で、大学教育がユニバーサル時代を迎えたということでの高大接続問題に係る課題と対応の状況について日米比較を中心にお話がありました。アメリカでは大学大衆化で偏差値が急落したのを受けて、様々な教育対策が採られましたが、SATの結果を分析したところ学力向上は図られていないとの説明がありました。また日本においても大学生の学力低下ということが問題とされていますが、センター試験の過去のデータから見ると言語領域に学力変化はなく、数学領域についても向上は見られるもののあまり変化はない、すなわち目立った科目学力の低下は認められないというお話でした。大学側から学力低下という指摘がなされているが、これは学力の幅と奥行きを損なっていることからそのように受け止められているのではないか。つまり高等学校においては教科科目の学習内容が狭まってきているのであり、また履修科目数が減ってきているため従来の学力との比較の中で学力低下という言い方をしているのではないか、ということでした。また荒井先生は選抜ツールとしてAO入試等に関しては何らかの対策が必要だけれども、高大接続テスト(仮称)の導入は全く考えていないというお話をされていました。北大の佐々木特任教授との思いとは180度異なるわけで、私たちとしても引き続き研究をしながら、高大接続テスト(仮称)については慎重に対応していく必要があると考えております。

 本日のフォーラムは新学習指導要領とキャリア教育の推進方策についてであります。今日この後、4校からの実践提言をもとに具体的な推進方策について探っていきたいと考えております。ご協力いただける先生方に心から感謝申し上げ、本研究会の開講のご挨拶と致します。

本日はどうぞよろしくお願い申し上げます。

 

 

 

 

 基調講演(藤田 晃之 国立教育政策研究所生徒指導研究センター総括研究官)

   
     ◇演題:変革期におけるキャリア教育の現状と課題   
  

 

  皆様おはようございます。

 初めに漫画を紹介いたします。今から十数年前にあるコミック誌に連載されていた「東京大学物語」であります。主人公の村上君は北海道の超一流高校の成績一番という設定です。先生を始め周囲の誰もが、彼は東京大学文科一類に合格すると思っています。そんな彼に恋人ができました。遥ちゃんと言います。彼女も村上君は東大に合格すると思っており、少しでも彼と長く一緒にいたいという理由で東京大学への進学を目指しコツコツと勉強に励みます。入試の結果、遥ちゃんは東京大学に合格しますが、村上君は不合格となり、彼にとっては「滑り止め」であった早稲田大学政治経済学部へ不本意入学することとなります。

 ある日、恋人の遥ちゃんと、村上君にとっては初対面の遥ちゃんの大学の女友達3名でカラオケに行きます。遥ちゃんはカラオケで歌い出し、残された女友達と村上君の会話が今回の設定です。

その女友達が村上君にこんなことを言います。「どうして早稲田の政経じゃ嫌で、東大じゃなきゃ駄目なのかな、村上君は。」「東大法学部という学歴がほしいから?日本の社会じゃ仕事できなくても東大出てれば出世できるから?頭悪くとも利己的でも根性が腐っていても意地が悪くとも人間のクズでも品性が下劣でも小心者で臆病でも卑しい心の持ち主でも悪人でも、東大を出ていれば他人は立派だと思うから?」と畳み掛けるんですね。村上君は頭の良い子なので窮地に追い込まれたらたいていは即答できるんです。相手の論理を突き崩せるのです。ただ、このことに関しては一言も出ないんです。遥ちゃんの女友達が畳み掛けてくるので、何か言いたいのだけれども何も出ないんですよ。考え抜いた末村上君の口から出た言葉が、「東大は日本一だから。」でした。相手の女の子はこう言い返します。「じゃあ村上君、東大入って人生の目的を失っちゃうね。プライドだけで中身の無いつまらない東大生たちに囲まれて、面白くも無い講義だけ受けて何も求めるものの無い空ろなキャンパスライフ、生きがいも無く抜け殻のような毎日を一年後に送るため村上君は今一生懸命身を削って受験勉強しているのよね。」こう言うのです。

もちろん、漫画の話ですから何の根拠もありませんし実態のある話ではありません。しかし、20代を中心とした読者がこれだけこの漫画を受け入れているのは、この漫画の何かが読者たちの経験と共鳴しているのだと思います。彼らの受けてきた進路指導というものが、この漫画の台詞のような問題を孕んでいるのではないか。よく各高校のパンフレットには、「平成〇〇年度卒業生の進路実績『○○大学合格○○名』」といった輝かしい数字が載っています。しかしその後の彼らの中には空ろなキャンパスライフを送っている者がいるかもしれない。こういうことでいいのかという問題を我々は考えていかなければならないと思います。 

 

  さてこれから本題に入ります。

 キャリア教育といいますと、どうしてもニート・フリーター問題が頭に上ってきます。これは国としてその防止策を進めているので止むを得ないことですが、このニート・フリーター問題とはキャリア教育全体を俯瞰した場合、氷山の一角であると言えます。ですから本日はこの問題にはあえて触れず、それ以外の観点からキャリア教育の必要性を考えていきたいと思います。

 このグラフをご覧ください。平成7年と平成18年に内閣府が調査をしたものです。このグラフは中学生の悩みについて調査したものです。悩みが無いと答えた中学生の割合は平成7年のほうが多かった。年を経るごとに悩みがあると答えた割合が増えてきている。一方、高校生の割合を見てみるとほとんどの高校生は将来のことを心配しております。

  

 

  このことを前提に次のグラフを見てみます。将来に就きたい仕事について、わからない・考えたことのない者の割合を小学生、中学生、高校生に分けて比較しております。この結果を見ると、小学生→中学生→高校生の順に割合が高くなっております。すなわち高学年になればなるほど、人生の先が見えないという結果が出ております。社会的自立の時期が近づいているにも関わらず、このような傾向を示していることが今の日本の大きな問題だと思います。これは中学校においても高校においても提供されるべきキャリア支援が十分に提供されていないのではないかと思うのです。将来のことを心配している子供たちが、高学年になるにつれて先が見えなくなっている現状について、私たち大人側の責任が問われているのではないかと考えています。

 

 

  さて、次は大学生について見てみます。このグラフは大学の1年生から4年生のそれぞれの学年毎に、将来の進路についてどう考えているかを問うたものです。大学1年生の4割は何も考えていない、3年生になってやっと考え始めている。この傾向は、前のグラフで見た小中高への調査と同じであります。出口が間近になって進路を考える子どもたちのこの現状を冷静に考えていく必要があると思います。

 
 
 次にご紹介したいのは、子どもたちが現在中心的にしなければいけないこと(学ぶこと)と将来中心的にしなければいけないこと(社会的自立・職業的自立を図ること)が、どれくらい一体的に捉えられているかということです。ここにIEA(国際教育到達度評価学会)がTIMSS(国際数学・理科教育調査)の結果を発表した最も新しい2007年(平成19年)のグラフを用意しました。全部で四十数カ国が参加しておりますが、ここでは日本を含めた7つの国と地域(日本・韓国・香港・シンガポール・アメリカ・イングランド・オーストラリア)を抜粋掲載しております。
  このグラフから分かることは、欧米諸国の国々から比べると日本の中学生の数学・理科の学力は突出して良いレベルにあるということです。むしろここで問題なのは、設問2の部分「勉強は楽しい」と答えた割合が、日本と韓国の子どもたちが欧米の子どもたちに比べて極端に低いということです。それは学んでいることへの感動が少ないということでもあります。それでも日本の子どもたちは成績が良い、それはなぜでしょうか。

 それでは高校生の学力調査を見てみましょう。先生方よくご存知のPISAです。PISAの2003年と2006年の結果(数学的リテラシー及び科学的リテラシーについて)をグラフにしました。こちらも7カ国(日本・韓国・香港・アメリカ・フィンランド・ドイツ・オーストラリア)を取り上げています。このグラフにあるようにフィンランドの突出した高い数値結果は、当時から話題に上りましたのでここでは比較しませんが、フィンランドを除外しますと、日本の数値は欧米諸国に比べて突出して高いことが分かります。しかし、折れ線グラフに注目してください。日本だけそれぞれの数値が極端に低いですね。このグラフは少し設問の仕方が難しいので説明します。自らの将来との関係把握指標について例を挙げると、「理科や数学の科目を勉強することは、将来の仕事の可能性を広げてくれるので私にとってやりがいがある」という設問に対して「大変そうだ」・「そうだ」と肯定的に答えた子どもたちの平均値の割合を一旦ゼロに換算しなおしてその平均値をどのくらい上回っているか、どのくらい下回っているかというのを示しているのがこのグラフです。これを見ると日本の子どもたちにとって数学や理科の科目の有用性は低いことが分かります。どちらかといえばつまらないと思っている。しかし日本の子どもたちの成績は良い。

  もう一つ資料を紹介します。PISA2009の報告です。今回は読解力リテラシーの調査が中心でしたが、日本は向上しました。前回の15位から8位になりました。それは喜ばしいことではありますが、キャリア教育の関連から見ると、私個人としてはそうは思っておりません。例えば次のグラフをご覧ください。まだ日本の報告書には掲載されておりませんが、英文報告書には掲載されているものです。内容は「楽しむために読書をする生徒の割合」です。はっきり申しまして、日本の子どもたちは単純に本を読むのが嫌いです

  ただジャンル別に見ると日本が1位を取っているものがあります、それはコミックブックス(漫画)です。しかしフィクション・ノンフィクションや新聞等は嫌いなのです。普通これらのジャンルを読むことが好きな子どもたちは比例して学力が高いのが普通ですが、日本の高校生はその範疇に入らない。これにはOECDも驚いたらしく、特にフィンランドと日本だけを比較して分析しております。それが次のグラフです。これを見ると好成績を示す生徒であっても読書が嫌いだということが分かります。

  まさしく日本の高校生は受験勉強のための勉強をしているのだということが証明されるのではないでしょうか。これを傍証するデータがあります。平成13年の科学技術に関する意識調査です。18歳以上の成人を対象にしたランダム調査で、「地球が太陽の周りを回っていますか、太陽が地球の周りを回っていますか」といった、普通の中学生程度の知識があれば8割から9割の正答を得るであろう内容の設問が中心ですしかし日本人の正答率は約51%でした。欧米諸国の成人のほうが遥かに正答率が高い。どうも日本人の多くは、新しく得た知識に感動しながら学んでいないのだと想像できます。大学合格といった目標をクリアするための勉強が中心であるため、科目内容への楽しさや驚きといった知識定着にとって必要な習得ができないでいると分析できるわけです。私たちはこの現状を真摯に考えていかなければならないと思います。

 次に注目したいのが、中高生の意識調査で明らかになった「人間関係への不安」の問題です。高校生の働くことに関する気がかりなこと、高校生の中退理由、大学生の相談内容、早期離職者への調査といった様々な統計において「人間関係」と答えた数値は大きな比重を占めています。これらをキャリア教育としてどう捉えていくか、ここにも視点を合わせていきたいと思います。 

 

 それではいよいよ本題に入っていきましょう。

 キャリア教育はどのような経緯で提唱されてきたのか見てみます。初めてキャリア教育が提唱されたのが、平成11年の中教審答申「初等中等教育と高等教育との接続の改善について」でありました。そして具体的に実施と決まったのは平成20年の教育振興基本計画の閣議決定からです。これは閣議決定ですからたいへん重要です。例えばこの閣議決定を受けて平成22年には大学設置基準が改正され、大学においても教育課程を通じてキャリア教育を推進することが義務付けられました。加えて教育振興基本計画では、今後5年間で総合的かつ計画的に取り組むべき施策として、中学校を中心とした職場体験学習や普通科高等学校におけるキャリア教育の推進が明記されています。そのため中教審の中にキャリア教育・職業教育特別部会が設置され、平成22年5月17日には「今後の学校におけるキャリア教育・職業教育の在り方について(第二次審議経過報告)」が発表されております。この後、早々には最終報告も発表される予定であります。さらに教育振興基本計画と前後して改訂されたのが新学習指導要領ということになります。

 次に新学習指導要領に関する中教審答申がどのようにキャリア教育の推進を考えているのを見ていきます。今回の学習指導要領改訂の基本的考え方には@〜Eの6つの視点があることは皆さんご存知の通りです。その中でも最も重要なのが、視点Dの「学習意欲の向上や学習意欲の確立」でありまして、この視点Dに関わる四つの観点の第三に「キャリア教育」の文言が登場してきます。そこには「・・・を育てるためのキャリア教育などを通じ、・・・、学ぶ意義を認識したりすることが必要である。」との記述があり、キャリア教育と学びの過程が密接に関連して学力向上に繋がると認識されているわけです。もう一点新たに新学習指導要領で明記されたのが、体験活動の充実です。これはイベントとしての体験活動ではなくて、あらかじめ体験活動を行う意義を子どもたちに十分に理解させるとともに、事後には振り返りの時間を設けるなど学習の体系の中に体験活動を挿入していくことがねらいです。これらは高等学校では就業体験やインターンシップとしてすでに取り入られているものです。これらの活動を新学習指導要領のねらいに基づいて一層充実させていくことが必要なのです。なお文科省も小中学校・高等学校の学習指導要領改正通知の中で、はっきりとキャリア教育の充実を図るよう求めております。ただ、小中学校の新学習指導要領の本文には「キャリア教育」の文言が入っておりません。このことは辻会長のご指摘の通り世間に誤解を生む要因なのですが、それは前出の教育振興基本計画閣議決定の前年に小中学校の学習指導要領が改訂されたため、時期的に書き入れることができなかったという物理的側面、この当時はまだ「キャリア教育」という用語には、受け取る人によって解釈に誤解を生ずる可能性がある、という制約からに過ぎません。小中高の全ての新学習指導要領の理念やねらいは、繰り返しますが、キャリア教育の推進にあるのです。ですからもし今後新学習指導要領の一部改正があるとすれば、小中学校の学習指導要領の本文にも「キャリア教育」の文言は明記されてくると思います。

 

 次に中教審キャリア教育・職業教育特別部会の第二次審議経過報告についてご説明していきます。本研究会の研究参考資料にもその全文が掲載されておりますのでそちらもご覧になってください。審議経過報告では、まずキャリア教育とは何かについて説明しています。従前からも高等学校では進路指導が行われてきました。その進路指導の概念は、昭和55年に出された「進路指導の手引き」を読んでも、キャリア教育の概念とほぼ同じです。それなら今までの「進路指導」で良いではないかと思いでしょうが、そうはいきません。今回提唱された「キャリア教育」の成果は、「進路指導」なる用語が使われる中学校・高等学校のみならず、就業前児童・小学校、大学や社会人といった人間の一生の中で培われていくべき力であるという認識があるからなのです。言ってみれば「進路指導」という用語は中学校や高等学校における業界用語なんですね。業界用語なるものは、業界以外の人にとっては非常に分かりにくいものですから、社会の普遍的な用語として「キャリア教育」という用語を使っていきましょうということです。

もう一点大事なことをお話します。この第二次審議経過報告書ではキャリア教育をこのように定義しております。

キャリア教育=一人一人の社会的・職業的自立に向け、必要な基盤となる能力や態度を育てることを通して、キャリア発達を促す教育

どこにも勤労観や職業観の育成という言葉が出てきません。前出の平成11年の接続答申では出てきたにも関わらずです。これは平成16年に出された『キャリア教育の推進に関する総合的調査研究協力者会議報告書』において、「キャリア教育とは−端的には、勤労観、職業観を育てる教育−」と定義したことから、その後学校現場では「勤労観、職業観の育成」のみに偏重した指導が行われたことに対する反省から意図的に使用しなかっただけであって、今日でも「勤労観、職業観の育成」はキャリア教育の重要な柱の1つであることを付け加えておきます。しかしキャリア教育の本質とは、勤労観、職業観を自ら形成・確立できる子ども・若者の育成だということを押さえておいて頂きたいと思います。 

 

さて次はキャリア教育推進のための方策についてです。これも非常に重要ですので是非押さえていただきたいと思います。この中では小学校から大学まで全ての学校で行われるべきことを6つの方策として明示しております。一つ一つ詳述はしませんが、ポイントの部分だけは説明をいたします。

まず1「各学校におけるキャリア教育に関する方針の明確化」ですが、これは学校によってはキャリア教育の全体計画や年間指導計画といったものが不十分だったり、キャリア教育の方向性がまだ定まっていない例もあったことから、それをまず明確化することが必要だということです。

2「各学校の教育課程の位置付け」の要点は、明確化した全体計画を全ての教育活動の中で位置付けていくことにある。別に何か目新しいことを導入するのではなく、従前からの活動を見直し体系付け、教科科目を始めとした全ての教育活動で実施していただければ十分なわけです。

3「多様で幅広い他者との人間関係の形成」はこの講演の前半部分でお話したので具体は省略いたします。

次の4「社会や経済の仕組みなどについての理解の促進」ですが、これは現在の高等学校の公民科や家庭科等で教えている事項といったものを、社会人として身に付けるべき知識として、さらには自分の将来と関わることとして定着させていくことを再度確認しているものです。

5「体験的な学習活動の効果的な活用」についても先ほどお話した通りですので省略します。

6「キャリア教育における学習状況の振り返りと、教育活動の評価・改善の実施」は申すまでもなくやってきたことをPDCAで振り返りましょうということです。

 次は基礎的・汎用的能力の提示についてです。4領域8能力と違うのか、そうではありません。同じなのです。それをこれから説明いたします。中教審はこう言っております。「これまでの4領域8能力論は「進路指導」を念頭に高等学校卒業までを想定しているため、産業界との共通言語となりえていない。また提示されている能力は、例示にもかかわらず、現場では固定的にとらえている場合が多い。」この4領域8能力論に前後して厚生労働省は「就職基礎能力」を経済産業省は「社会人基礎力」を打ち出しました。これらは主に大学生を対象にしたものですが、本来幼児教育から社会人までを一つの文脈で繋がっていなければならないキャリア教育が、高校卒業を境に異なる能力論でカバーされるようになってしまっている。社会が若者に対してどのような期待を持っているのかということも視野に入れて、この異なる能力論を一度フラットな状態に戻した上で、それぞれの能力論のエッセンスを凝縮したものが「基礎的汎用的能力」です。第二次審議経過報告では、その「基礎的汎用的能力」を@人間関係形成・社会形成能力A自己理解・自己管理能力B課題対応能力Cキャリアプランニング能力の4つにまとめたわけです。これらは決してあたらしい能力論ではなく、既存の能力を組み替えたものに過ぎません。ですから、これまでの4領域8能力論を絶対視する誤解を脱しキャリア教育実践のバージョンアップを図るチャンスとして生かしていっていただきたいと思います。

 

 では最後にまとめていきます。

 具体的にどのようにキャリア教育を進めていくのか。まず全体計画・年間指導計画を見直しましょう。生徒の現状をしっかりと把握し具体的なゴール(生徒をどう変えていくのか)を設定していきましょう。今までありがちだったのは、漠然とした言葉で教育目標を掲げたケースです。例えば「たくましく未来を切り拓く力の育成」などという目標がありますが、これでは先生方の共通理解は図れない。仮に全体計画のペーパー上はこの表現を用いたとしても、身に付けさせるべき力の具体を明記して共通理解を図れるようにしましょう。少なくとも評価等で振り返りができる程度まで具体化してほしいのです。さらに全ての教育活動を通してキャリア教育を丁寧に実践していただきたい。ただ注意が必要なのは、キャリア教育の断片を数多く実施したからといって効果が上がるわけでは決してないということです。子どもたちには断片を繋げていく力が不足しているのだということを念頭に置く必要がある。また全体計画を作成する際は、これまでの教育活動の意義や実施時期等を再評価して再編していくことが必要だろうと思います。何も新しいイベントを実施することがキャリア教育の充実ではありません。現状をどう改善していくかでキャリア教育の効果は高まっていくはずです。そしてしっかりと事後の評価をしてください。

 ここに早期離職者の統計があります。これほど就職難の時代にもかかわらず1年以内に離職する高卒者が4人に1人に上っています。この現状をどう捉えるのか。もしかすると先生方の指導のどこかが不足しているのかも知れない。就職合格だけを目標とする面接指導では、職業人の実態や世間の厳しさが伝えられずに終わっている可能性があるのです。キャリア教育で培う力とは、絵空事ではない。企業が求めている実践力を視野に入れて子どもたちを社会で自立させていく力だと思います。

 最後にPISAの英文報告書の序文に掲載されている文章を紹介して私の講演を終わります。

 「今日、教育政策はかつて経験したことのないスピードで進行する変化に対応し、これまで存在しなかった職業に就く力を身に付け、全く新しい科学技術を使いこなし、生起することすら想像しなかった経済的社会的問題を解決できる力を発揮できる生徒を育成するというきわめて困難な課題に直面している。しかし、現在高い教育成果を発揮している国や急速な成績の向上を見せている国の教育システムの在り方は、この課題の達成が不可能ではないという事実を示している。

 今日の世界において伝統や過去の栄光は何らの意味も持たない。世界はひ弱さや自己満足を許さないし慣習やこれまでのやり方にも関心を示さない。成功は、変化に素早く対応し、変化に対する不平不満を慎み、変化に自ら閉ざさない国や個人にこそ訪れる。各国政府に与えられた課題はこのチャレンジに挑む国づくりをすることである。」

 私もこの考え方に共鳴いたします。ご清聴ありがとうございました。

 

  

◇◇◇◇講演内容掲載記事 「北海道通信」(2011.1.19)◇◇◇◇                                                

                          


  

 

                         

 
 
 
 
 
 
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  シンポジウム(前半)

 

    ◇テーマ:新学習指導要領とキャリア教育の推進方策について

 

〈コーディネーター〉

 堂徳 将人(学校法人北海学園 北海商科大学准教授)

 

 これよりシンポジウムを始めます。前半では、4校の先生方から実践報告をいただきまして、それを受けて後半では、助言者である藤田先生、そして岡部先生、辻先生のお二人のシンポジストを交えてフロアの皆様と一緒に意見交換をしていきたいと考えておりますので、午後の短い時間ではありますがご協力をお願い申し上げます。

 それでは発表に入ります。最初の発表者は北海道千歳北陽高等学校の島崎先生です、よろしくお願いいたします。

 

 

 

〈実践報告T〉「キャリア教育の実践について」(抄) 

 島崎 包嗣(北海道千歳北陽高等学校教諭)

 

  本校は昭和48年に開校しております。開校当初は文部省の特認校である単位制普通科高校としてスタートし成果を挙げてきましたが、中卒者数の急増期を迎え募集定員の増減を繰り返す中、教員の異動や生徒指導が後手に回るなどの影響もあって、いわゆる生徒指導困難校と呼ばれるようになったのです。そのような厳しい現状を打開すべく、平成14年に「北陽ルネサンス」と名付けたプロジェクトを立ち上げて、特に学校外に向けて学校改革をアピールしていくこととしたのです。そのプロジェクトの目玉として実施されたのがインターンシップの取り組みでありました。

 このような経緯もあり、平成19年度より「高等学校におけるキャリア教育の在り方に関する調査研究」推進校の指定を受けました。本校は、この事業で3つの重点取り組みをしております。

1つはキャリアノートの活用による3年間を見通した系統立てた指導です。このノートを『北陽キャリアナビ』と名付けましたが、名付け親は私でした(笑)、今でもこのノートを使ったキャリア指導を行っております。次の重点取り組みは、各学年でのガイダンスの充実であります。特に1年生では2日間にわたって資料に掲載されているようなバス見学会を実施しております。重点取り組みの最後はインターンシップです。現在ではほぼ100%の生徒がインターンシップに参加するとともに、受け入れ先の事業所からも高い評価を頂いているところです。

 さて成果ですが、まず中途退学者の減少が挙げられます。資料をご覧ください。残りは進路意識の向上と総合的な学習の時間の充実だと考えています。

 最後は課題です。最も意識しているのは学力向上の問題と進路未決定者数が減ったとは言え、まだ数多く存在している現状であります。そのため教育課程の改訂を行いフィールド制の導入に踏み切ったところです。3フィールドによるキャリア教育の推進を今後とも行っていきたいと思います。

 

(堂徳)

  次に北海道札幌稲北高等学校の内野先生の発表をお願いします。

 

 

〈実践報告U〉「進路多様校におけるキャリア教育の取組み」(抄)

 内野美由紀(北海道札幌稲北高等学校教諭)

 

  本校は昭和58年に開校いたしました。私は7年前に着任いたしましたが、それまではいわゆる教育困難校に分類されておりましたが、現在は進路多様校と呼んでおります。千歳北陽高校と同じく平成19年度より3年間のキャリア教育調査研究校の指定を受けキャリア教育を推進しております。本校も教育困難校から抜け出すため、生徒指導による基本的生活習慣の確立と学習指導の徹底、そしてキャリア教育を進めました。キャリア教育については、平成14年より始めたインターンシップを柱に各学年にわたって実施するキャリアカウンセリングを充実させております。その中でも特に力を入れてきたのが進路未決定者の減少でした。これについては、学習指導の充実・生活指導の強化・キャリアガイダンスの徹底によって一人ひとりの生徒の進路目標を明確にしていくよう努めました。その成果もあり、10年前の卒業生の進路未決定者は20%に上りましたが、昨春の卒業生は数%程度まで減少することができました。データ等については参考資料をご覧ください。課題は生徒一人ひとりのキャリアプランに対する教員の認識を共通にすること、札幌あすかぜ高校への改編によって教育課程がフィールド制に改訂されますので、教育課程に対する共通認識を持つことなどが挙げられます。

 

(堂徳)

  それでは次に北海道小樽商業高等学校の大嶋先生の報告です。

 

 

〈実践報告V〉「本校におけるキャリア教育の実践について」(抄)

 大嶋 武史(北海道小樽商業高等学校教諭)

 

 北海道の商業高校では、「生徒の職業観・勤労観を育成すること」が以前よりカリキュラムに組み込まれており、キャリア教育は昔から実践されていました。しかし、一時期から商業高校は女子生徒の在籍者数が増加して、就職指導の大半が女子の事務職員に特化していく傾向を持ち始めました。現在は女子の事務職員の求人は減少してきており、本校では新たな職場開拓を進めるために「地域に貢献する人づくり」を教育目標として掲げてキャリア教育の再編とその具現化を図っています。発表事項は研究参考資料にまとめてあります。

 このような教育活動の取り組みに基づいて本校では、今年度から3年生で2単位の必修で観光に関する科目を設けました。これからも小樽商業高校だからできるキャリア教育を観光教育を中心にして教育課程に取り込んでいきたいと考えております。

 

(堂徳)

  それでは最後に北海道余市紅志高等学校の横山教頭先生のご発表です。

 

 

〈実践報告W〉「総合学科としての北海道余市紅志高等学校の現状とキャリア教育」

                                  (抄)

 横山 昌明(北海道余市紅志高等学校教頭)

   

 本校は昨年度から総合学校高校へ転換いたしました。現在は4間口でスタートしました。総合学科の特徴は生徒が授業の選択を自由にできるという点にあります。詳しいことは研究参考資料を参照してください。総合学科のキャリア教育は、1年次の産業社会と人間での学習に始まり、2年次のインターンシップ、そして3年次の課題研究でのまとめへと繋がります。この体系的な学習が大切になります。特に本校では、キャリア教育の中核として自己理解とコミュニケーション能力の育成を掲げております。北翔大学と連携して学生によるピアサポーター授業の実施など様々な取り組みを行っております。

 まだ誕生して9か月の総合学科ですが、今後も様々取り組みをしていきたいと考えております。

 

(堂徳)

  4名の先生方ありがとうございました。それでは藤田先生にそれぞれの報告に対するご助言を頂きたいと思います。

 

 

〈助言者〉

 藤田 晃之(国立教育政策研究所生徒指導研究センター総括研究官)

                             

 4名の先生方たいへんお疲れ様でした。勉強になりました、ありがとうございます。せっかくの機会ですので簡単ではありますが感想を述べさせていただきます。

 まず千歳北陽高校の島崎先生のご発表ですが、すばらしい取り組みだと感じたのは、キャリア教育の成果をデータとして押さえていることです。中退率や模試の受験者数など具体的なデータとして残されているのが印象的でした。また、調査研究指定校になる以前からインターンシップの報告会を全校集会の中で行っていることは素晴らしいと思います。キャリア教育は全ての教育活動の中で実施されることが大切ですが、その実践をなさっていることに敬意を表したいと思います。

 次に札幌稲北高校の内野先生のご発表ですが、特に卒業生に対するアンケート調査の実施に感銘を受けました。いわゆる追指導を行ってフォローアップをしている学校はなかなかありません。その結果を基に教育活動を改善している意義はたいへん大きいと思います。また千歳北陽高校と同様にデータによるキャリア教育の成果の検証を行っていることは素晴らしい取り組みだと思いました。また、保護者による上級学校訪問をしていることが評価されます。学校の現状を保護者に認識していただく努力は必ず効果が出てくると思いました。

 続いて小樽商業高校の大嶋先生のご発表です。商業高校の良さが発揮されていたと思います。特にお茶会では外国人に対するリサーチを行った上で生徒により実施されていることに感銘を受けました。外国人とのコミュニケートの成功体験が次のステップの原動力となる良い例だと思います。またシャコ祭の取り組みですが、これは結果的に、小樽に対する郷土愛が生徒たちの自己肯定感の向上に繋がっていくんだと思います。環境教育の推進を含めてまさに環境に恵まれた小樽商業高校ならではの取り組みではないでしょうか。

 最後に余市紅志高校の横山教頭先生のご発表です。余市紅志高校は総合学科に転換されてまだ9か月とのことですが、これまで準備されてきたことが的確だったために、このようにスムーズな滑り出しとなって現れてきたのではないかと推測いたしました。またこれからも是非続けて頂きたいと思ったのは、14事業所を迎えた職業を知る会と大学生との連携によるピアサポートの実施です。特に大学生との交流は同世代ということもあり、生徒にとって非常に勉強になると思います。学校別の感想は以上でございます。

 全体としての感想ですが、いずれの学校でもお一人の先生の力による実践ではなく全校的な取り組みとしてキャリア教育を実施されていることが印象に残りました。これは大事なことです。キャリア教育が一過性のものではなく継続した取り組みとして残っていくことになるからです。

この点については4校全体で気配りをされているなと感じました。

 ただ一つだけ再検討して頂きたいことがありました。それはキャリア教育の系統性という観点の中で、3年生では「自己実現」という表現をされていました。この「自己実現」という言葉は本来人間が一生のうちで真に目的や目標に巡り合えた瞬間を指す学術用語であり、このような学術用語を安易に使用することは様々な誤解を生ずる原因にもなることから避けていくべきだと考えます。

 以上ですが、北海道のキャリア教育は本当に先進的です。これからも全国に発信していただきたいと思います。

 

 

  シンポジウム(後半)

 

(堂徳)

 それではこれよりシンポジウムを再開します。ここでは、午前中の基調講演及び午後からの4校の実践発表を踏まえながら、これからのキャリア教育をどう展開していくのかについてフロアの皆様と一緒に考えていきたいと思います。

 まずシンポジストの方々から自己紹介をいただきたいと思いますのでよろしくお願いします。

 

 

〈シンポジスト〉

 辻  敏裕(北海道札幌南高等学校長)

 

 北海道札幌南高等学校の辻でございます。キャリア教育には早くから接しています。北海道教育庁に勤務していた平成15年、突然、文科省からキャリア教育の事業が入ってきました。教育庁の仲間たちとは、キャリア教育とは一体何かということで相当勉強した思い出があります。そのキャリア教育が今回の学習指導要領の改訂で正式に位置付けられたわけですが、キャリア教育はこれからの高校教育推進の中核として機能していくでしょうから、私たちも肩肘張らずに従来の教育活動を見直す契機としてキャリア教育に取り組んでいくのが良いと思っております。

 

〈シンポジスト〉

 岡部 善平(国立大学法人 小樽商科大学教授)

 

 小樽商科大学の岡部でございます。キャリア教育には以前から関心を持っておりました。そもそも私の研究テーマは高校生の進路展望に基づくカリキュラム開発であり、その中ではキャリア教育は避けて通れないテーマとなっております。さらに現在の大学に赴任してからも高大連携であるとか大学生に対するキャリア教育に携わっております。これらの経験から、この高大連携とキャリア教育は一体のものとして切り離せない関係にあると痛感しております。もし時間がありましたら、この高大連携とキャリア教育についてお話をしたいと思っております。

 

(堂徳)

 ありがとうございました。藤田先生につきましては引き続きご助言をいただきたいと思いますが、ご講演の中でも自己紹介を頂いておりますので、この場でのご紹介は割愛いたします。

 それでは本題に入ります。

ところで、午前の基調講演に係わり、昼休み中にフロアの3名の方から質問票が提出されておりますので、それに対するコメントを藤田先生から頂きたいと思います。

最初の質問は、北海道南茅部高等学校の溜校長先生からのものです。

「生徒指導資料(手引き)とキャリア教育との関係はどのように考えたらよいのか。また、キャリア教育による生徒像をどのようにイメージしているのか、お答えください。」

 

(藤田)

 文科省では従前から生徒指導と進路指導について定義をしております。それは生徒指導の中の一領域として進路指導がある、ということです。しかし実態は差があるわけではなく、表裏の関係にあるのだと思います。なぜなら、生徒指導は現在の生活及び現在に関連した将来の生活を考えていく力を育てるものであるし、進路指導も将来の生活を見通す中で現在の生活を基盤としなければならないわけですから、力点の置き方を変えているだけだと思います。したがってどこからどこまでを生徒指導とし、キャリア教育の時期とはっきり区別していくことは不可能だと思います。補完していく概念です。

 

(堂徳)

 次の質問は、北海道札幌手稲高等学校の中村校長先生からのものです。

 「海外ではキャリア教育はどのように行われているのでしょうか。」

 

(藤田)

 国際教育職業カウンセリング学会というものがありまして、その学会に所属している国々の情報をお伝えします。キャリア教育について日本が一番影響を受けている国はアメリカですが、アメリカでは高校のカリキュラムにキャリア教育の時間が設けられており、教科として履修単位が認定されております。ヨーロッパでは北欧諸国で特に内容が充実しておりますが、それらの国々ではキャリア教育や進路指導という概念がありません。学校の日常的な教育活動として職業体験等が行われております。デンマークでは小学校6年生か中学校1年生で4日間から5日間の職場体験を行います。そして翌年の中学校2年生では6月の約2週間にわたって全国一斉に職場体験を行うそうです。スウェーデンも同じように活発です。中学校で1週間、高校で2週間実施されています。

またヨーロッパで特徴的な取り組みの一つに、学校と日本におけるハローワークと類似した機関が一体となって行うキャリア教育があります。ハローワークの中には学校担当者が配置されており、職員が定期的に学校へ巡回して教師とTTを実施したりですとか子どもたちへのカウンセリングを行っております。

一方アジア諸国では台湾・韓国・シンガポールのように学習指導要領の改訂に伴いキャリア教育を教育課程に位置付ける国々が増えてきております。日本もその中の一員と言えます。

 

(堂徳)

 最後は北海道美深高等学校の大鐘校長先生からの質問です。

 「キャリア教育の位置付けについて、キャリア教育の目標を考えますと学習指導要領の中での位置付けよりも各学校がキャリア教育の視点から学習指導要領の内容を整理することが大切だと考えますが、その点でキャリア教育は一領域ではなくて基本方針としての位置付けが求められると思います。そこで例えば道徳教育の位置付けとどのように異なるのか教えて頂きたい。」

 

(藤田)

 道徳教育とキャリア教育の大きな違いは、キャリア教育においてはインターンシップ等の活動を敢えて行わなければならないということだけであり、両者とも全ての教育活動で行われているという点においては、前出の生徒指導との関係と同様に表裏一体と考えられます。したがって領域を異にした活動と捉える必要はないと思います。

 

(堂徳)

 ありがとうございました。残り40分となりましたので、ここでシンポジウムの柱立てをさせていただきます。研究参考資料の藤田先生の資料の11ページから掲載されておりますキャリア教育推進のための方策の中の「基本となる6つの方策」を各学校でどのように押さえて進めていくのかについて協議していきたいと考えております。6つ方策を一つ一つ協議する時間はありませんので、1と2、3〜5、そして最後に6についての3本に集約して話し合っていきます。

 

                             基本となる六つの方策

                          1 各学校におけるキャリア教育に関する方針の明確化

                          2 各学校の教育課程への位置付け

                          3 多様で幅広い他者との人間関係の形成

                          4 社会や経済の仕組みなどについての理解の促進

                          5 体験的な学習活動の効果的な活用

                          6 キャリア教育における学習状況の振り返りと、教育活動の評価・改善の実施

 

 

 

 

 

 

 

 

まず1と2について、辻先生に口火を切っていただきたいと思います。

 

(辻)

 前提としてキャリア教育は人間教育だと私は思っております。したがって、まず各学校では目指す生徒像を明確化すること、そのためにどんなことができるのか、またどんなことをやるべきかといったことを整理していくことが必要だろうと思います。

 少なくとも各学校の校長は学校経営シラバスを作成しており、その中に目指す生徒像を明記しております。それに基づいて具体的な教育活動が計画されているわけですから、それぞれはキャリア教育の観点と重なるわけです。これがまずキャリア教育の切り口となると思います。ただこのことを教員が意識して行っているかどうかが問題です。最も怖いのはキャリア教育の形骸化ですから、教育活動を常に点検していく必要があると思います。また特別活動個々の目的を明確にしていくことも大事です。

 

(堂徳)

 ありがとうございました。それでは岡部先生にお聞きしますが、キャリア教育の目標を教育課程に具現化していく際の留意事項は何でしょうか。

 

(岡部)

 まず大事なのは、現在行われている一つ一つの教育活動は、キャリア教育の観点から、どのような効果を生徒にもたらしているのかについて点検することではないでしょうか。もう一点は、生徒の実態をよく把握するなど個々の教育活動の対象者のキャパシティーを明確にすることだと思います。

 

(堂徳)

 実際に学校でキャリア教育を推進している側の意見を頂きたいと思います。会場の方からご意見はありませんか。

 

(小島修二:北海道旭川東高等学校長)

 学力向上を抜きにしてキャリア教育の推進は語れないと思う。高校の教育活動のほとんどは授業だから、その授業にどう取り組んでいくかが大事なんだと思う。特別なことをできるわけではないので、今までの教育活動を充実させていくことが必要だろう。

 

(辻)

 今の小島先生のお話に関連して話をさせてください。

昨晩藤田先生と学ぶ意義について議論になりました。将来について不安を抱えている子どもたちに対して、学校で学ぶ意義をどのように見出していくかを支援するのがキャリア教育の目的だと藤田先生は仰っていました。私自身は、学ぶ意義とは自ずと培われていくものであって、生徒は今するべきことをきちんとすれば良いのであると答えました。どちらにも理があると思います。ただその要因は各学校によって異なるのであるから、それぞれの学校は生徒の実情を踏まえて工夫をしていかなければならないのだろうと考えています。

 

(堂徳)

 ここで藤田先生に学力の定義についてお話を伺いたいと思います。

 

(藤田)

 学校教育法第30条が改正されまして、学力の三要素が明記されました。この中で、特に学ぶ意欲の部分が現在問題になっていると思います。このフロアの皆様のように何の問題もなく成長された方も居られる反面、学ぶ意欲が見出せない子どもたちも現実に居ることを想起していただきたいのです。やはりキャリア教育は、そのような子どもたちにとって大切な手段の一つであると思いますし、現場の先生方には、学力向上のためにも有効なキャリア教育の機能を認知していただきたいと思います。

 

(堂徳)

 それでは次の柱に移ります。先ほどの自己紹介の中で岡部先生が高大接続についてのお話をされていました。岡部先生、もう少し詳しくお話をしていただけますか。

 

(岡部)

 今取り組んでいるのが、高校生と大学生が一緒に行うインターンシップです。これは高校生に先立って大学生がインターシップを行い、同じ事業所に遅れて来た高校生の擬似上司となり指導するというものです。これからのキャリア教育、特にインターンシップや体験活動の中でキーワードとなってくるのが世代間交流であります。異世代とどう係わるか、これは大学生にも必要な力なのです。このインターシップの中で、大学生は擬似上司とは言え、仕事の持つ厳しさを実感しながら高校生に接していかなければならない。例えば大学生の指示で高校生は動く。この指示や発言の重みを実体験する。加えて社会的責任の一端を担うことになる。これは自己の役割認識になるんです。異世代、特に下の世代と係わることで自分の成長の一端を認識する作用を持つ。キャリア教育は将来を設計することが主体だが、目の前にいる高校生と過去の自分を重ね合わせることで、自分を振り返り自己の成長を促していく作用もあるのではないか、今はそんなことも考えています。

 

(堂徳)

 辻先生、異校種との連携で何か具体的になさってますか。

 

(辻)

 幼少中高連携について、特に中学校と高校の連携は難しいですね。具体的な取り組みは難しいですね。

 ただ、小さな町では小中高の連携をやってますよね。ただ札幌では難しい。

 

(堂徳)

 フロアで何かご意見はありますか。

 

(若林 利行:北海道真狩高等学校長)

 本校は農業高校ですから、農業実習や体験を通じて小学校や中学校と連携しております。ほとんど全ての教育活動でキャリア教育をやってますから、キャリア教育の機能概念を重視しています。

 

(堂徳)

 それでは最後になります。評価の話を交えて、シンポジストの先生からお話をしていただきたいと思います。

 

(辻)

 キャリア教育は人間教育であるべきだと思っております。その基本はあいさつを含めたコミュニケーション能力の向上ですよね。少なくとも学校内での基本的なコミュニケーションが取れるように子どもたちを育てていく。そのためには、まず教員がコミュニケーション能力を付けていかなければならないと思います。評価を実施する上で大事な点は、生徒の変容を見ることができる尺度を持つことに限るように思います。

 

(岡部)

 評価の方法の確立は難しいです。ただ、振り返りの機会を持つことは大事です。例えばポートフォリオなんかは有効な手段です。どれだけ自分が成長したのかを振り返らせていくのもキャリア教育では重要だと考えます。学習をやりっ放しにしないようにしたい。

 

(藤田)

 今、お話にあったポートフォリオは有効だと思います。広島県では、小・中・高の3校種にわたってキャリア教育の学習活動をポートフォリオしていくのですが、これは良い取り組みです。子どもたちの成長過程が実に把握できる。教師の側も指導の参考資料として使えます。素晴らしい取り組みなので、ここでご紹介しておきます。このようにキャリア教育は真剣に実施すると子どもたちも大きく成長する。指導する教員も一緒に成長していくことができる。私は、キャリア教育はたいへん価値のある教育手段だと考えております。難しく考えないで実施していきましょう。本日はたいへん貴重な経験ができました。北海道へ来て良かったです。皆様ありがとうございました。